法政大学沖縄文化研究所紀要「沖縄文化研究」十三号抜刷

琉球古典音楽における上句下句構造

琉歌調の成立を考えるために(その2}

小川学夫

琉球古典音楽における上句下句構造

琉歌調の成立を考えるために(その2)

小川学夫

はじめに

 私にとって現在最も関心あるテーマの一つは、琉歌調(8886)詞型の成立である。このことに ついては、かつて奄美の現行民謡の観察を通して、私なりの見通しをたてたことがある。
 その論考の主なものが「奄美民謡における詞型・曲型・反復型の変遷ー琉歌調の成立を考えるため に」(〈南島史学〉第17・18合併号昭和56年所収)だが、本稿もそれと密接な関係があるので、これを簡単に要約しておきたい。
 結論的に、8886調が成立する以前に、88鯛二句体を一つのまとまりとする時代があったと私 は考えた。
 これを図式的に示せば

①88調
②8888調
③8886調

 という変遷をたどったことになる。
 その理由は、先ず88調二句体の世界ではもの足らなくなった人たちが、これを二つ重ね合わせる ことによって、あらたな世界を作る。しかし8888調には、まだ二句体が二つ機械的に重ねられたという意識が残る。そこで尾句を6調にして変化をつけ、いわゆる上旬下旬を不均衡にすることにより四句体歌詞として独立したとするものである。

 ついで、この上・下均衡形から、不均衡形への推移を、旋律と詞章反復の点からも見てみた。旋律における上句・下句の対応関係を分析してみると、次のようになる。

①上・下旬が全く同じ曲型を持つもの。
②上・下旬 微妙な違いを見せているもの。
③上・下句 ほとんど違うもの。

 ちょうど詞型の変遷と対応することは明らかであろう。
 詞章反復とは、四句体歌詞の一句目、二句目、三句目、四句目をA・B.C・Dで表わすとすれば、 ABCDCDとか、ABBCDDのように繰り返してうたわれることである.沖縄の古典や民謡に比べて、奄美の場合、こうした反復がたいへん多い。
 ここでも

①ABBCDD型に代表きれる上句と下句にそれぞれ反復がみられる形
②ABCDCD型に代表きれる下句部分を反復する形

に大別きれ、これも上・下均衡形から、不均衡形の推移の一つだと見たのである。
 以上奄美民謡を観察することによって、琉歌調の成立は上句下句構造を看過しては、けっして解明 できないだろうという強い確信を持った。そして次に、それでは琉球古典音楽の場合はどうなのだろうかと考え、私なりに観察したのが本稿である。
 私は、琉球古典音楽については、ほとんど無知に等しい。しかし幸いなことに、沖縄では「五線譜 琉球古典音楽」(富浜定吉 昭和55年刊)が発行されていて、この著をひもとけば、私にも詞章反復やハヤシ詞はむろん、旋律の上・下句関係は知ることができる。正直いって、このような分析は音楽研究を専門とする人がやってくれる方が、より正確で核心をとらえることができると思うのだが、一つの試みとして不備を承知で、あえて私が臨んでみたのである。
 本稿で、琉球古典音楽として扱った唄は、「五線譜琉球古典音楽」にあるものに限定した。全一八 三曲の中で、琉歌調以外の曲(ロ説類仲風節など)はのぞき、一五〇曲が分析の対象となったのである。

 ※以下本稿に引用する唄の、詞章部分は「五線譜琉球古典音楽」の楽譜下の詞章をもとに記した。 ただし、「あ−」などとある「−」は省略、「てィ」「とゥ」などの「)」(実際は文字の下に付せられている)も除いた。A・B・C・Dは四句体の一句目、二句目、三句目、四句目を示し、(x)(y)(z)はハヤシ詞の部分である。曲型を記す必要のあるときは鵯・鵺ないしa・b・c・d(x)(y)(z)で示した。

一 詞章面での上旬下旬関係

 はじめに詞章面から観察できる反復の形において上旬下旬どのような対応関係をもっているか、見 てみることとしたい。
 先にも述べたが、奄美民謡の場合、割合の上からも多くの唄が反復形をもってうたわれ均衡形か、 不均衡形かがはっきりと出た。しかし琉球古典音楽の場合、意外に反復がなされないことがわかる。
 一応反復ある唄のそのタイプを分類し例示してみると
①上・下句均衡に反復しているもの。

 「黒島節」

 かさにうとゥたてィてィ
 スーリ
 ふたるなつィぐりんヨゥ
 スーリ
 ふたるなつィぐりんヨゥ
 なまやうちはりてィ
 スーリ
 てィだどゥてィゆてィゆるヨゥ
 スーリ
 てィだどゥてィゆるヨゥ

A
(X)
B
(X)
B
C
(X)
D
(X)
D

 このABBCDD型は、この曲しか見当らなかった。ただ「亀甲節」といわれる曲は、二句目と四 句目が、全句ではなく8音ないし6音の、あと3音だけが反復してうたわれており、この型に準ずるべきかも知れない。
 いずれにせよ、この型の反復は奄美ではかなりの数になるが、沖縄の場合これだけとは不思譲とも いえる。
 もう一つの型は、

 「久米阿嘉節」

 あかねふィじみづィやヨゥ
 あかねふィじみづィやヨゥ
 うィんかいどゥふちゅるヨゥ
 かまどゥぐヮがちむやヨゥ
 かまどゥぐヮがちむやヨゥ
 ぬぶいくだ・くだいヨゥ

A
A
B
C
C
D

のようなAABCDD型で、ほかに「勝連節」があるのみである。この型は奄美民謡でもきわめて少ないものである。

②上・下旬不均衡に反復しているもの。

 「作田節」

 ふばなさ(あ)ちづィりば
 ちりふィぢ(い)んつィかん
 ツョウンヤツョウンツョウ
 しらちゃに(い)やなびち
 あぶしまくら
 ツョウンヤツョウンツツョウ
 しらちゃに(い)やなびち
 あぶしまくら

A
B
(X)
C
D
(X)
C
D

 「浮島節」

 あすィびぶしゃあてィん
 まどゥにあすィばりみ
 しゅゆいてィんじゃなし
 うゆうェやくとゥ
 ハリガクヌサンサハリガクヌサンサ
 うゆうェやくとゥ

A
B
C
D
(X)
D

 「かぎやで風節」

 きゆぬふくらしゃや
 なをゥにぢゃなたてィ(い)る
 つィぶでィをゥるはなぬ
 つィゆちゃたぐとゥ
 ヨゥンナハリ
 つィぶでィをゥるはなぬ
 つィぶでィをゥるはなぬ
 ヨゥンナ

A
B
C
D
(X)
C
C
D
(X)

 下句をそっくり反復する「作田節」の型(ABCDCD)は、ほかに「揚高称久節」「高称久節」 があるのみで、これも奄美民謡に比べると、きわめて少ない数といわねばならない。
 「浮島節」のABCDD型は、奄美でも二、三を数えるだけだが、琉球古典では「本大浦節」「千鳥 節」「踊タウガネ節」がある。
 さて三つ目に上げたABCDCCD型は、特殊な型というべきだが、意外にその数は多い。「花風節」「本花風節」「綾蝶節」「世栄節」「湊クリ節」「本赤田花風節」がそうである。本稿の主題とは直 接関係ないが、これらのいずれにも「ヨウンナ」というハヤシ詞がついており、唄の系譜からみて、かっては一つの唄であったと想像きれる。

 以上が琉球古典の反復形のあらましであるが、注意が必要なのは、「久米阿嘉節」にみたような、 四句目を部分的に反復する唄が、相当数存在するということである。(「辺野喜節」「浜千鳥節」など)
 これは、8886調歌詞を上・下旬同一旋律でうたおうとするとき、四句目6音では字足らずにな るので、部分的反復によって調整するために生ずる現象である。これまでの反復とは別に考えるべきであろう。

 次にハヤシ詞の上句下旬でのうたわれ方も、一つの重要なポイントとなるものである。
 ここで改めてハヤシ詞とは何かということだが、一応”8886調(ないしこれに準ずる)歌詞と 離れて、その曲にうたい込まれている詞“と規定しておく。具体的には先の「黒島節」の「スーリ」、「作田節」の「ツョウンツョウン」などがそれである。
 このハヤシ詞の上句下旬における位置関係を整理しておくと
①一種ないし二種以上のハャシ詞が上・下句に均衡してうたわれているもの。

 「仲順節」

 わかりてィんたげに
 ぐいんあてィからや
 クリンディウミサトゥヨ
 いとゥにぬくはなぬ
 ちりてィぬちゅみ
 クリンディウミサトゥヨ

A
B
(X)
C
D
(X)

 このようにシンプルなものから、

 「勝連節」

 ササ
 かつィりんぬしまや
 ハリガマタ
 かつィりんぬしまや
 ヒヤヨゥ
 かゆいぶしゃあすィがヨゥ
 ササ
 わにゃまじょぬうしゅぬ
 ハリガマタ
 わにゃまじょぬうしゅぬ
 ヒヤヨゥ
 きゃいあぐでィヨゥ

(X)
A
(Y)
A
(Z)
B
(X)
C
(X)
C
(Z)
D

のように、三種以上のハヤシ詞が均衝的にうたわれる例も、けっして少なくはない。

②上句と下句の中間だけに入るもの。

 「早作田節」

 はるやはなざかい
 みやまうぐいすィぬ
 ツョウンツョゥン
 にうィしぬでィふきる
 くいぬしゅらしゃ

A
B
(X)
C
D

この型のものは、意外と少なく、ほかに「昔田名節」があげられるだけであった。

③二種以上のハヤシ詞が上・下句に不均衡にうたいこまれているもの。

これに含まれるものはきわめて多い。

 「謝敷節」

 じゃじちいたぴしに
 うちゃいふィくなみぬ
 エーウネ
 じゃじちみやらぴぬナ
 みわれはぐち
 ウネエイシュラョゥ

A
B
(X)
C
D
(Y)

のようなものから、

 「柳節」

 ヘやんな(あ)じわみどり(い)
 ヒヤヨゥンナ ヨゥナ
 イェイヤ イェイヤ イェイヤ
 イェイヤ イェイヤ イェイヤ
 ヨゥンナ サョゥンナ
 はなりない(い)(い)
 ヒヤョゥンナ ヨゥンナ
 ユリティク ユリティク ユリティク
 ユリティク ユリティク ユリティク
 ヨゥンナ サヨゥンナ
 ふィとゥ(う)わただ(あ)なさき(い)
 うンみ(い)わにをゥ(う)(う)い
 ヒャヨゥンナ ヨゥンナ
 やなじわかずィにさすわりいとゥ
 わすィだりてィなびちゅさ
 ヨゥンナ サヨゥンナ

A
(X)
(Y-1)
(Y-1)
(Z)
B
(X)
(Y-2)
(Y-2)
(Z)
C
D
(X)
(Y-3)
(Y-3)
(Z)

のように複雑なものまで様々である。

④一種類のハヤシ詞がおしあいだけにうたわれているもの。

 「金武節」

 くぱやちんくぱに
 だきやあふすだき
 やにやしらかちに
 はいやうんな
 ヨゥンナヨゥ

A
B
C
D
(X)

 この型もほかに「くにゃ節」「瓦屋節」「仲間節」など、十余曲を数えることができる。
 ここでも、注意しなければならないのは、一種のハヤシ詞をもつにせよ、二種以上のハヤシ詞を持 つにせよ、四句目のあとにつくハヤシ詞は、6音を伸ばして8音に近くするためのいわば調整のために用いられることがあるという点である。ちょうど、先の四句目を部分反復するのと同じ機能を持つ。
 特に、上・下句均衡関係を保っていながらそれにプラス、ハヤシ調が加わるというようなときは、 大方このケースと考えてよい。
 次の場合はそうである。

 「辺野喜節」

 いじゅいきぬはなや
 ヒヤルガ
 あんちゅらささちゅい
 わぬんいじゅやとゥてィ
 ヒヤルガ
 ましらざかなヨゥンナ

A
(X)
B
C
(X)
D(Y)

 これらのことは曲節とも深いつながりがあるので、あとで再び問題とすることがあるだろう。
 以上、ハヤシ詞の位置関係を、五つに分けてみたのだが、均衡形、不均衡形をはっきりみせているのは①と③だけであり、あとはケース・バイ・ケースであることがわかった。詞章面からの上句下句関係の検討はこれまでとし、以下、もちろんこれまで述べてきたことがらと関連させながら、旋律面における上句下句の関係を見てみることとしたい。

二 旋律面での上旬下旬関係

 上・下句、それぞれの曲型を鵯・鵺で表わすとすれば、けっきょく次の三つの型にまとまる。

①鵯鵯型 上・下句が全く同じ旋律でうたわれるもの。
②鵯鵯型 上・下句、微妙な違いがみられるもの。
③鵯鵺型 上・下句、ほとんど、あるいは全く違うもの。

 このうち②をどう認定するかが一つの問題であるが、四句体歌詞(ABCD)に、曲型をab…… と対応させたとき、例えばA句とC句との旋律において8音のうち5音分程度が一致していれば「aa'」として認めた。
 従って「上句ab 下句aa'」の曲も、「上句ab 下旬a'b'」の曲も、ともに「鵯 鵯’」型としたのである。
 なお①②型には、後にも記すように鵯鵯+α型、鵯鵯'+α型とでもいうべきものが存するが、曲数 などを問題とするときは、鵯鵯型 鵯鵯'型として扱った。
 ②は①の推移したものとみなして(その理由は後述)①②を均衡型 ③を不均衡型といえるかと思うが、私の観察によれば一五〇曲中、前者に該当するものが六四曲、後者は八六曲であった。琉球古典音楽が予想以上に古形を残していることに、私は意外の感さえ受けたのである。
 ここで、詞章面での上・下句関係を考慮しつつ、もう少し立ち入ってみていくこととしたい。
 先ず、反復型とのつながりだが、上・下均衡の反復型をもつものは当然に旋律の上でも鵯鵯型を示していた。  前掲、二つの唄の詞章と旋律の対応関係を示すと、

 「黒島節」(詞章前掲)
       上句     下句
 詞章  A (X) B (X) B  C (X) C (X) D
 旋律  a (x) b (x) b  a (x) b (x) b
       鵯       鵯

 「久米阿喜節」(詞章前傾)
      上句     下句
 詞章  A A B   C C D
 旋律  a b c   a b c
       鵯      鵯

となる。
 今一つAABCCD型を示す「勝連節」も『五線譜琉球古典音楽』の楽譜のところには上句部分しか記されていないが、このことは下旬もそのまま同じ旋律でうたうということなのであろう。
 さて、反復上の上・下不均衡型では、ABCDCDの、いわゆる下句反復型の前掲「作田節」は、

       上句    下句    下句
 詞章  A B (X)  C D (Y)  C D (Y)
 旋律  a b (x)  c d (y)  c 'd (y)
       鵯      鵺      鶚'

となり、ほかの「揚高称久節」や「高称久節」も、ほぼ同じ型となっている。
 ついでながら、奄美大島のあすび唄(三線唄)、八月踊り唄の中には、この反復型のものがきわめ て多いが、鵯 鵺 鶚 型とともに、鵯 鵯 鵯 型、ないし鵯 鵯' 鵯' 型もかなりあることは事実である。(「マンコイ節」「シュンカネ節」「とらさんながれ節」、大島北部の「いまの風雲節」と「嘉徳なべ加那節」など)
 次のABCDCCD型のものは

 「かぐやで風節」(詞章前掲)
     上句   下句      下句
 詞章  A B C D (X) (Y) C C D (X)
 旋律  a b c d (x) (y)  e c d (y)
      鵯   鵺         鶚

のごとくで、これと同系の他曲も同じ傾向を示している。
以上の二種の反復型に対し、ABCDD型の曲型対応は注意すべきである。
この反復型に属する曲は「赤さくはでき節」「浮島節」「本大浦節」「千鳥節」「踊タウガネ節」の五曲であるが、うち「赤さくわで菩節」「浮島節」「千鳥節」がII+α型ともいうべきものなのである。

 「赤きくゎでさ節」

 あかさくゎでィさや
 みをゥどゥんとゥたんか
 たまくがにんぞゥや
 わんとゥたんかサ
 わんとゥたんか

Aa 上句
Bb [鵯]
Ca 下句
Db [鵯']
Db'

 「浮島節」(詞章前掲)
     上句   下句
 詞章  A B C D (X) D
 旋律  a b a b (x) b
      鵯   鵺

 「千鳥節」

 つィちふィかさなりぱ
 とゥしぬゆるくとゥん
 しりなきないすぐ
 たびぬ・たびぬすらや
 ちりなさや
 たびぬすらや

Aa 上句
Bb [鵯]
Ca 下句
Db [鵯]
(X)a'
Db'

 この「千鳥節」のハヤシ詞のa'は、一句目三句目をうたうaの前半部分であり、反復したDのb'は、 二句目、四句目もうたうbの後半部分と同一であるというのが興味もたれる。
 いずれにしても、この型の唄は、当初は反復なしで上・下句同一旋律でうたわれていたに違いない。 それが何らかのアクセントをつける必要にせまられて、尾句を反復するようになったのだと想像される。  次にはハヤシ詞の関連において上・下の曲型をみていくことにしたい。
 一種ないし二種以上のハャシ詞が上・下句に均衡的にあらわれる唄は、曲型的にもII型の あることは予想の通りであった。

 「港原節」

 うちならしヨゥならし
 ヒヤルガヒ
 ゆつィだきわヨゥならち(い)ヨゥ
 シュラヂャンナョゥ
 きゆやうざヨゥんぢてィ
 ヒヤルガヒ
 あすィぷうりヨゥうりしゃ(あ)ヨゥ
 シュラヂャンナョゥ

Aa
(X)(x)
Bb
(Y)(y)
Ca
(X)(x)
Db
(Y)(y)

 これは曲型的なものの一例であるが、先に例示した二曲も

 「仲順節」(詞章前掲)
      上 句    下 句
 詞章  A B (X)  C D (X)
 旋律  a b (x)   a b  (x)
       鵯       鵯

  「勝連節」(詞章前掲)
         上 句          下 句
 詞章  (X) A (Y) A (Z) B   (X) C (Y) C (Z) D
 旋律  (x) a (y) a (z) b   (x)  a (y) a (z) b
          鵯              鵯

と、全くのII型である。
 例外も、ないわけではない。

 「ぢゃんな節」

 んかしぐ(う)とゥやすィが
 なままでィんちむに
 ヂャンナヂャンナヨゥ
 わすィららんむぬや
 ありがなきき
 ヂャンナヂャンナヨゥ

Aa
Bb    上句
(X)(x)  [ 鵯 ]
Cc
Dd    下句
(X)(x)  [ 鵺 ]

 と、ハヤシ詞(X)の旋律は同じだが、ほかが違っている。もう一つ、この曲と同系と思われる「長ぢ ゃんな節」(詞章省略)

      上 句    下 句
 詞章  A B (X)  C D (X)
 旋律  a b (x)  c c’ (x) 
       鵯       鵺

 のような型をとり、数少ない例外の一つとなっている。
 次に上句と下旬の間にだけハャシ詞が入り一見均衡型を見せる「早作田節」と「昔田名節」の場合は

 「早作田節」(詞章前掲)
     上句     下句
 詞章  A B (X)  C D 
 旋律  a b (x)  c d 
      鵯       鵺

 「昔田名節」(詞章前掲)
      上句     下句
 詞章  A B (X)  C D 
 旋律  a b (x)  c d 
      鵯       鵺

 と、ともに 鵯 鵺 型であった。
 さて、ハヤシ詞の位置関係から、私は先に①②③④の分類を試みたわけであるが、①②については今述べた通りである。あとの

 ③二種以上のハヤシ詞が上・下句に不均衡にうたいこまれているもの。
 ④一種類のハヤシ詞がおしまいだけにうたわれているもの。

 については、以下まとめて扱うことにする。
 結論的にいって、これらの形に属する曲は 鵯 鵺 型が圧倒的に多いが、 鵺 型(ないし 鵺 '型)また は 鵯 鵯 + (x) 型が相当数あるということである。このことを例示しておこう。
  鵯 鵯 型ないし 鵯 鵯' 型を示すものは、次のようなものである。

 「仲村渠節」

 なかんかりヨゥすべ(え)どゥ
 スリ
 ますィだりわヨゥさぎてィ
 あねらわんヨゥとゥま(あ)ぱ
 スリ
 ぬでィいもりヨゥ
 サユヨゥンナ

Aa
(X)(x)  上句
Bb   [鵯]
Ca
(X)(x)  下句
D    [鵺]
(Y)

 つまり、この唄では二句目Bの「きぎてィ」の部分と、ハヤシ詞Yの「サユヨゥンナ」が同一旋律でうたわれていて「a(x)b・a(x)b」と、鵯 鵯 型をなしているのである。
 前掲の「辺野喜節」も

      上 句    下 句
 詞章  A (x) b  C (X) D (Y)
 旋律  a (x) b  a (x) b
       鵯      鵯

と、同じ形で、ほかにも「芋之葉節」などがある。

 先述の通り、この場合のハヤシ詞は、8886調の尾句を、8音に近いものにする、いわば調整語 といえるものである。よってこの場合、ハヤシ詞は四句目のあととは限らないわけで、四句目の途中に入ることもあるわけである。「屋慶名節」がそうである。

 うやいたみしちゃる
 ちむぬあだならん
 イユヌシ
 かみぬうたすィきぬ
 あるが・マタ・うりしゃ
 イユヌシ

A a
B b  上句
(X) (x)[鵯]
C a
D<Y>b 下句
(X) (x) [鵯]

 この四句目の音数調整のためには、このほか、句の一部をくりかえしたり、また音を伸ばす場合が あるということも改めて述べておきたい。この現象は奄美民謡の場合も全く同じである。
 次は、11+α型をなす唄の場合をみてみたい。
 私の調べでは「大兼久節」「昔嘉手久節」「浜千鳥節」「シホラア節」「高離節」「ションダウ節」「ヨラテク節」の六曲であるが、

 「大兼久節」

 なぐぬうふが(あ)にく
 スリ
 うンまはらちいしょうしゃ
 ふにはらちいいしゃうしゃ
 スリ
 わうらどゥまい・ヨゥンナ
 ササヨゥティバ ヨゥンナ

A a
(X) (x) 上句
B b  [鵯]
C a
(X) (x) 下句
D(Y)b [鵯]
(Z)(Y)(b')

 四句目のハヤシ詞(Y)「ヨゥンナ」は先に触れた音調整のためのもので、かつ「ササョゥティバ ヨゥ ンナ」の「ヨゥンナ」と旋律的に全く同じであるため「II+b'」という型になっているのである。

 「ヨラテク節」

 めでたやめでたや
 かりゆしぬあすィびサー
 うちはりてィからや
 めでたやめでたや
 ゆぬあきてィてィだサー
 あがるまでィ・までィん
 ユラティクユラティク
 キヲゥイティアスィバ

(X) (x)
A a  上句
B b  [鵯]
(X) (x)
C a  上句
D b [鵯]
(Y) (x)
(Z) (a')

この曲の場合、四句目は「までィ・まで」と部分的な操返しをすることによって音調整をしている。 ハヤシ詞(Z)の部分は一句目A、三句目Cの頭6音分と旋律がほとんど同じで(a')ということになる。
 いずれにせよ、これらの唄は、先に示したABCDD型反復にみられるII+α型と、形式におい ても、原理においても同じと思われる。
 さて最後にハヤシ詞も、反復もない唄にも、もちろん 鵯 鵯 型と 鵺 型があるのだが、十四曲(「ハ リ」「マタ」などのこまかなものは一応除外して)中、五曲が 鵯 鵯 型であった。

 かくて上・下句の構造を詞章面、曲型面からみる基礎作業を一応終える。この仕事に入る前の予想 をはるかに越えて、上・下句同一旋律の唄が多いことに、私は内心驚いたのであるが、琉球古典音楽も、奄美民謡に劣らず、短詞歌謡としての初源性を保持していることを確認することとなった。
 冒頭にも述べたが、私は前稿で、奄美民謡の観察を通して、南島の短詞歌謡は、まず二句体歌詞が 合体して一首となり、その上・下句均衡型から、不均衡型へと推移したこと、その結果が8886調になったのだと主張した。そのことを、今度は琉球古典音楽においても再確認をしなければならないと思う。

三 均衡型から不均衡型への推移とその意味

 先ず琉球古典の中に、四句体以前の唄、そして8888調ないし、それに近い詞型でうたう唄はな いだろうか。
 私は「作ダル米節」が、二句体から四句体に変わろうとするときの唄だと考えている。

「五線譜琉球古典音楽」には&br;

 くとゥしつィくたるめェや
 すすだまいぐとゥなゆんさみ
 シュンサミ シュンサミ

A
B
(X)

と、これだけが記され、当然二句体歌詞としてとらえられているわけである。
 ところが、琉歌集を、ひもといてみると「作たる米節」の歌詞として、

 oことし作たるまえや
  ずず玉のごとなゆんさめ
  我嫁なて来ゆすや
  得米ど抱きゅる

 ○ことし作たる米や
  すず玉のなりさめ 
  はえの風おせば
  にしのあぶし枕

(島袋盛敏翁長俊郎箸「琉歌全集)

のようなものがあげられており、すでに四句体歌詞をうたう唄として意識きれていたこともわかる。その中間的なものに、形式上実に面白いうたわれ方をする奄美・徳之島の「作たる米」がある。

 今年(ちく)たぬ(めー)
 ハレしィしィ玉ぬなりしゅんで
 ヤラチャンド チクタヌメ

 (にし)ぬ風ぬ吹けば
 ハレ真南(まふえ)畔枕(あぶしまくら)
 (はい)ぬ風ぬ吹けば
 ハレ(にし)(あぶし)
 ヤラチャンド チクタヌメ

A
B
(X)

A
B
C
D
(X)

(徳之島町井之川出身・徳久寿清氏歌唱)

 つまり、打ちだしだけは二句体ABのあとに「ヤラチャンド チクタヌメ」とハヤシ詞をうたって 完結し、二番以降は四句体ABCDのあとにハヤシ詞をつけてまとめるという形である。一つの唄で、二句体から四句体への推移を、これだけ見事に示したものも珍しいであろう。
 「琉歌全集」にあげられた二首の成り立ちも簡単に解くことが出来よう。
 「我嫁なて〜」「はえの風〜」のいわゆる下句部分は、最初から「ことし作たる米〜」につづいてい たものではなく、夫々別個にあったものが意味があうので合体したのである。ちなみに奄美・沖永良部の「作田米」の歌詞として

 oことし作たる米や
  シシ玉の(ない)しゅさ
  シシ玉の(ぐと)
  ()らち給れ

(久保けんお箸「南日本民謡曲集」)

という8886調のものが採集されているが、これなどは後に下句が誰かによって付け加えられたものと思われる。
 いずれにせよ、この例により二句体歌詞が合体して四句体になる経過が垣間見られるのである。歌詞の合体はすなわち曲の合体であり、上下句同一の旋律のII型は、その合体した姿ということができる。このまま歌詞も曲型も、上下均衡を保ったまま過ぎれば問題はなかった。しかし、ある時、下旬が86調になるという一大変革が起こるのである。
 その要因が近世小唄調(7775調)の影響か、内発的なものか、このことに対する私の考え方は後述するが、ともかく沖縄・奄美において8886調が主流になって、これを従来のII型の曲節でうたおうとする時、四句目を調整する必要が生じてきたことは事実である。

 前にも述べたことだが、四句目の6音を引き伸ばしてうたうか、部分的反復をするか、あるいは6 音のあいだ、あるいは後に短いハヤシ詞を入れて、8音に近いものにしなければならない。
 しかし、その方法でしばらくうたっていくうちに、意識的、無意識的にIl'型となり、さらに 鵯 鵺 型になっていく唄もでてきたのだった。
 かかる変化の様子を観察するには、幸い沖縄の古典には、曲名の上に「本」とか「早」「昔」「場」 といった語がついて、同一系統とわかる唄がいくつかあるから、それらを比較してみるという方法がある。さらに沖縄・奄美各地の現行民謡との比較も有効であろう。

 以下いくつかの例を出して比較してみる。
 「五線譜琉球音楽」記載の「芋之葉節」と「芋の葉節」が、どのようなつながりにあるのか、同著に説明はないが、曲名とハヤシ詞などから同系であることは明らかである。
 この二つの唄の曲型をみてみると

 「芋之葉節」

 うンむいふヮぬつィゆや
 ヘイ ヒヤルが
 まだまゆかちゅらぎヨゥ
 あかちゅあぐまちに
 ヘイ ヒヤルガ
 ぬちゃいはちゃい・ヨゥンナ

A a
(X) (x)  上句
B B   [鵯]
C a
(X) (x)   上句
D(Y)b   [鵯]

 「芋の葉節」

 さとゥがはてィくィてる
 ヘイ ヒヤルガ
 むんぢゅるぬかさやヨゥ
 かんでィわんしださ
 へイ ヒヤルガ
 いんがやゆら・ヨゥンナ

A a
(X) (x)  上句
B b   [鵯]
C a'
(X )(x  下句
D(Y)b'  [鵯]

のように後者が、下旬に微妙な変化を見せていることがわかる。
「本嘉手久節」と「昔嘉手久節」との関係はどうであろうか。

 「本嘉手久節」

 みるはなにすでィや
 ふィちゆとゥみらりてイヨゥ
 つィちぬいちやがてィどゥ
 むどゥてィいちゅる・ヨゥシュラ

A a  上句
B b  [鵯]
C a  下句
D(Y)b  [鵯]

 「昔嘉手久節」

 むいくヨゥぱなくぱなヨゥ
 むぬんヨゥいや(あ)んばかいヨゥ
 つィゆにヨゥうちんかてイヨゥ
 わらてイョゥさ(あ)ちゅざ・ンゾゥョゥ
 ヂャンナヨゥ

A a  上句
B b  [鵯]
C a  下句
D・(Y)b [鵯]
(Y) (y)

後者は、上下同一曲型でありながら、ハヤシ詞(Y)をうたうことにより11+α型となっている。
「本」と「昔」と、どちらが古いのかという疑問が残るが、形式上は均衡型から不均衡型への推移だと私はみる。
 次にII'型からI鵺 型への推移を示す唄をあげておこう。

 「本散山節」

 ちかさたるがきてィサ
 ヤリ
 ゆだんどんすィるなヨゥ
 うンみぬふヮぬ
 ヤリ
 にうィやしらん・ササユヨゥンナ

A a
(X) (x)  上句
B b  [鵯]
C a
(X) (x)  下句
D b'  [鵯]

 「散山節」

 まくとゥかやじつィか
 ヤリ
 わちむふ(う)りぶりとゥ
 にざみうどゥるち(い)ぬ
 ゆみぬくくち
 サユョゥンナ

A a
(X) (x)  上句
B b  [鵯]
C a'
D c  下句
(Y) (y) [鵺]

 「散山節」では、三句目が確かに一句目より似た旋律があらわれるのだが、四句目は二句目に一致 せず、またハヤシ詞も均衡的にあらわれてこないので 鵯 鵺 型と認定したのである。
 ついでながら沖縄本島の「ウシデーク」や奄美大島の「八月踊り」の中にも同名の唄があるが、鵯 鵯 型でうたわれる傾向があるようである。(東京芸術大学民族音楽ゼミナール「沖縄民謡採譜集I国頭」<昭58>等参照)
 さて『五線譜琉球古典音楽』の中には、II型からI鵺 型までをふくんだ同系統の唄が収救きれて いる。次の四つの「クワデサ節」がそれである。

「屋慶名クハデサ節」

 やきなヨゥくふヮでィさや
 ハイヤ
 いだむちちゆらさぬヨゥ

A a
(X)   上句
B b  [鵯]

 楽譜下の歌章記戦はこれだけであるが、歌詞としては四句体がのっているから、当然同一曲型でう たわれると判断してまちがいはないだろう。

 「宮城クハデサ節」

 うちなヨゥら(あ)しならし
 ヒヤヤリヌ
 ゆつィだヨゥき(い)わならち
 ヒヤアスィビュサヲゥドゥユサヨゥ
 きゆやうんじてィ
 ヒヤヤリヌ
 あすィぶうりしゃ
 ヒヤスルイドゥセンスルセ

A a
(X) (x)  上句
B b  [鵯]
(Y) (y)
C a'
(X) (x)  上句
D b'  [鵯']
(Y') (y)

「赤きこはでき節」

 あかきくわでィさや
 みをゥどゥんとゥたんか
 たまくがにんぞゥや
 わんとゥたんかサ
 わんとゥたんか

A a  上句
B b  [鵯]
C a  下句
D b'  [鵯']
D b''

 この唄では四句目を反復することによって上下をざらに不均衡にしている。

 「踊こはでさ節」

 くわでィさぬうつィち
 サアセンスル センスルセ
 まどゥまどゥどゥてィゆる
 サアセンスル センスルセ
 ゆすみまどゥまどゥはかてィ
 しぬでィ・サア・しぬでィいもり

A a
(X) (x)  上句
B a   [鵯]
(X) (x)
C c   下句
D(Y)d  [鵺]

 一句目と一一句目だけはハヤシ詞も含めて同一旋律(a(x)・a(x))であるが、下句が全く違うという 不思議な構造の唄である。いずれにしても、一つのはらからの唄でありながら、このように変化していくのだということが十分理解されるであろう。
 このように唄の推移を見てきたが、さて、鵯 鵺 型の全てが、このような変遷を経てきた結果なのかといえば、それは大いなる問題といわねばならない。
 かの「かぎやで風節」と「花風節」など同系列の唄は、前述のように「ABCDCCD」という特殊な反復型をもち、曲の上でもI鵺 型であるが、II型からの変化とは考えにくい。 この唄では四句目を反復することによって上下をざらに不均衡にしている。

 「踊こはでさ節」

 くわでィさぬうつィち
 サアセンスル センスルセ
 まどゥまどゥどゥてィゆる
 サアセンスル センスルセ
 ゆすみまどゥまどゥはかてィ
 しぬでィ・サア・しぬでィいもり

A a
(X) (x)  上句
B a   [鵯]
(X) (x)
C c   下句
D(Y)d  [鵺]

 私はかつてこれらの唄を近世に全国的に流行した「投げ節」の流れではないかという仮説をたてた ことがある。なぜなら「投げ節」も「ABCD"C"CD型(ただし"C"は、この部句の頭と尻がひつくり返ってうたわれる)で、かつ「ヤン」というハヤシ詞を持っているからである。(拙著「奄美民謡誌」第三章第二節「奄美・沖縄におけるヨンナ系ハヤシ詞の歌謡」参照)
 よしんぱ、この仮説が全くの誤りだったとしても、このような特殊反復が沖縄で内発的に生れたも のとは思えない。どうしても説明がつかないのである。
 この唄と特定しなくともいいのだが、ある時代、本土から7775調を乗せてやって来て南島中を席巻した唄がいくつかあった。その唄が次第に8888認をとり込んで8886調に変化させ、その歌詞が従来の11型の唄に戻っていったーーと、こういう流れを考えることも可能であろう。

 おしまいに、今まで再三述べてきたように私は、II構造は、あくまで昔から掛け唄としてうたわれてきた88ないし、それに近い二句体歌詞が合体した結果だと考えているが、「888・・・」と連続するクェーナ形歌謡が、四句体にまとまったものではないかとする見方もある。
 私はこの考え方はとらない。なぜなら、もしクェーナ形を踏襲しているとすれば四句体歌詞の一句目と二句目、三句目と四句目が、それぞれ対句をなす傾向がみられてよいはずである。しかし実際、沖縄・奄美を通して琉歌調の歌詞は、わが国古代のほとんどの短詞歌謡がそうであるように、上と下が問と答、あるいは事物の提示と説明という関係になっているのである。
 さらに、クェーナ型の影響が強いとするならば、旋律の形の上でも、II型はもとよりaaaa型でなければならないはずである。この傾向を見せるものも確かにないではないが(「七尺節」など)いかんせん数が少ないのである。
 やはり二句体歌詞で唄を掛け合っていた時代が、必ずあったに違いない。前稿でも述べたが今でも奄美・徳之島の踊り唄には、はっきりとその形が残っているのである。それが、いつの頃からか、人々は二句体歌詞に物足りなきを覚え、二つ合わせてそれを一首としてうたい始めたのだ、という私の当初からの考えは全く変わることがない。

(付記)クェーナ形との関連について、ご意見下さったのは小野重郎先生ですが、先生にはまだ小論を正式に読んでいただいていませんし、座談の席でしたので、本稿での引用は先生の意を十分に汲んでいるとはいえません。一言おことわりいたします。

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Last-modified: 2013-03-14 (木) 15:19:15 (2098d)