南島童歌の表現形式
The Expression Patterns in Traditional Children's
Songs from the Okinawa-Amami Islands
小川学夫

 目 次

<はじめに>

 奄美,沖縄の伝承歌謡には,きわめて多くのジャンルが認められ,多数の研究者が活発な研究を 進めている。ところが,この地域の童歌*1をみるかぎり、なぜか文学的な面からの研究が,ほとん どなされていないことに気づく。採集資料は,たしかに相当量報告されてはいる。だが,それに対 する理論的な研究が,意外なほど見当たらないということである。

 その理由はいったいどこにあるのだろうか。おそらく,童歌はまだ文学以前の歌謡で,その形式 もあるのかないのか,明確に把握しにくいという意識が,研究者の間にあるためだろうと思う。
 しかし,私はこの数年間,南島童歌に関心を持ち続けているが,童歌が例え「文学の卵」だとし ても,それは私たちの想像以上に豊かな滋養を持った卵であり,多様で,興味深い形式を兼ね備え ていることも分かってきた。

 そこで本稿では,童歌にみえるいくつかの表現形式を抽出して,若干の検討を加えながら紹介し たいと思うものである。
 なお,本題に入る前に,南島の童歌にはどのような種類があるかを,みておきたい。先述のよう に童歌は,最も研究の遅れている分野であるから,分類においても,まだ決定的な方法は現れてい ないが,私は,

(1)呼びかけ歌
(2)遊戯歌

と,二つに分ける方法をとっている。

  1. の「呼びかけ歌」というのは,動植物や天体や他の人間や,ときに超常的な神,妖怪などに対 して歌う歌のことである。「イボ取り」とか「歯痛み」のときの唱えも,「イボ」や「歯」に呼びか けたものとして,この範疇にいれる。
  2. の「遊戯歌」は,「まり突き」「お手玉」「縄跳び」「ブランコ」「シーソー」など,遊戯に伴う 歌である。

 どんな分野でも同じだと思うが,この二つにも重なる部分が出てくることは事実である。例え ば,かたつむりに呼びかける歌は,かたつむりに競争させる遊戯の要素も十分ふくまれているわけ だし,また「まりつき歌」でも,まりに呼びかける歌があるとすれば,それは呼びかけ歌といった ほうが相応しいわけである。

 もう一つ,子守歌をどう扱うかという問題がある。子供のために歌うというのと、比較的小さな 子供も歌うという意味で,童歌に入れる場合が多いが,本論では対象外としたい。その出自におい ては,大人の歌というのもあるだろうが,ともかく子供が実際に歌ってきた歌に限ることとする。 資料としては,次の著書を使いたい。
 

  1. 田畑英勝・亀井勝信・外間守善篇「南島歌謡大成 鵐 奄美篇』(昭和54年角川書店発 行)*2
  2. 久保けんお・杉本信夫・高江洲義寛著『日本わらべ歌全集26座児島沖縄のわらべ歌」 (昭和55年柳原書店発行)*3
  3. 日本放送協会編「日本民謡大観(沖縄・奄美)」の「八重山諸島篇」「宮古諸島篇」「沖縄諸島 篇」「奄美諸島篇」(平成元年〜5年日本放送出版協会発行)*4

以上の著書から詞章を引用するにあたっては、(1)は「奄美篇」、(2)は「全集」、(3)は「八重山諸島 篇」「宮古諸島篇」「沖縄諸島篇」「奄美諸島篇」と略記した。それぞれの表記法については註2, 3、4に記してある。

1 願望表現における諸形式

 先ず「呼びかけ歌」にみられる表現形式から検討していく。
 先述のように,呼びかけ歌とは子供たちの直接目にする動植物や天体,想像する神様や妖怪,感 覚的に受けた痛みなどに対して歌いかけるものであるから,内容的には願望か,感嘆力、のいずれか である場合が多い。

 それが願望の場合,対象へ向かって

(1)直接的に願いをかけるだけの形,
(2)それに条件を付加する形,
(3)条件だけをいって願いとする形

などがみられる。
 そこで先ず,条件も何もつかない,直接的な願望を歌っている例をあげてみよう。

★例1「ちんなんもー」(沖縄本島 東村平良)

 1 ちんなんも−ちんなんも− 《かたつむり かたつむり》
 2 ちんなんちんなん     《かた かたつむり》
 3 ゆ一はりよーゆ一はりよ− 《よく走れ 走れ》
                           『全集』288P

子供たちがかたつむりを走らせるときの歌である。先ず対象に呼びかけ,命令形ではやしてい る。何の説明も不要であろう。

★例2 「雨まよ降い給んな」(石垣島 石垣市登野城)

 1 あみまよ ふいたぼんな 《雨さんよ 降ってくださるな》
 2 てィだまよ あがりたぼり《おてんとさまよ上がってください》
                            『全集」274P

これは、欲張って雨と太陽、二つに対して願いをかけたものである。1行目が禁止(否定命令 形)で2行目が命令形である。
 次は,同じ願いでも条件をつけた願いである。

★例3 「ちんなんにゃ ちんなんにゃ」(奄美大島 名瀬市根瀬部)

 1 ちんなんにゃ ちんなんにゃ  《かたつむり かたつむり》
 2 いじてぃもりぃば やらんかい 《出ておいででないか》
 3 やらんかい          《ないか》
 4 わらべぇんきゃに       《子どもたちに》
 5 ちの うたそ         《角(つの)打たせよう》
 6 まき うたそ         《眉間(みけん)を打たせよう》
 7 ちんなんにゃ ちんなんにゃ  《かたつむりかたつむり》
                            「奄美諸島篇」39P

 これは,かたつむりに「殻の中から姿を現しなさい」と呼びかけた歌である。
 歌の概造としては,例1、2でみたような対象を呼ぶことばと、願望をしめす命令か禁止のこと ばが核となる。
 そして、その前、あるいは後に、「もし、いうことを聞けばこうしてあげる」(甘言型)、「いうこ とを聞かなければこんな目に会わせるぞ」(威嚇型)、「こうしてあげたのだから、こうして欲しい」 (恩着せ型)といった条件が付加されるのが一般的である。例2は明らかに威嚇型といってよいだ ろう。

 なかには一つの歌に、いくつかの型の条件を兼ね備えたものもないではない。

★例4 「毬 毬ぬ−りぬ−り」(沖縄本島 本部町伊野波)

 1 まいまい ぬりぬり          《毬(まり)よ 毬よ 上がれ》
 2 ぬ一らん むんるん やらば      《上がらないものならば》
 3 いぬしま うちうてぃ         《上の島にうち迫って》
 4 あしかさんろ             《あしかさん路(未詳))
 5 ぬりばる あんま そ−てぃ      《上がったら 母さんを連れて》
 6 いゆしじ め−しじ          《魚の粒や米の粒を)
 7 か−すんろ              《食わすぞ》
 8 あがり と−まい やまとぅまい    《上がれ 唐毬 大和毬》
 9 てい−よ てぃ            《一つ 二つ》
 10 た−よ た−よ た−よ た−よ た 《二つ 二つ 二つ 二つ)
                           「沖縄諸島篇」60P

 これはまりつき歌で、まりに呼びかける文句からなっている。[上がらなければ、上の島に追っ払 い、上がったなら母さんと連れ立って魚や米の粒を食べさせる」というのだから、威嚇型、甘言型 2つの条件が付いた歌だということになろう。

 童歌における願いの歌は,大半がこのように条件を付加した形式であることは確かである。
 残るのは命令や禁止の語句はないが、実際には願いをかけているという歌だが、次のようなもの がある。

★例5 木の端(竹富島 竹富町竹富)

 1 きいふぁんたーに       《木の端に》
 2 きいふぁんた−に ぬぶりてぃ 《木の端に登って》
 3 しんやりてぃ         《着物を破って》
 4 あんまん みらりてぃ     《母さんに見られて》
 5 しからり ジャンナー
 6 たたかり ジャンナー
 7 アリガヨーヌ ヒーヨンナ チ ヤ リ ヤリ ヤリ
                           「八重山諸島篇」44P

 木登りしている子に向かって離す歌である。命令,あるいは禁止の語句はないが、実質木からす ぐに下りるように,いっているわけである。

★例6 「あむぃご−ご−」※(奄美本島 名瀬市芦北部)

 1 あむいご−こ    《雨ご−ご》
 2 ゆきご−ご     《雪ご−ご》
 3 やぎくゎぬなきゅり 《(天が曇ると)山羊がなくよ》
 4 だんごすらよ−   《談合しているだろうよ》
 5 だんごすらよ−   《談合しているだろうよ》
                           「奄美篇」676P

 「ご−ご」というのは雨が降る音の凄まじさを現したものだろうか。ともかく、「雨が降ると山羊 たちが困って、これからどうするか相談をしている。止んでくださいよ」といっているのである。 これも,「雨よ,止んでくれ」とはいわないが、願いの歌であることは明らかといえよう。
 以上、3タイプを概観してみたが、願い歌の中でも、願望表現だけに終わらず、それが次第に物 語化していくものがみられる。

★例7 「雨雨ふぁ−ふぁ−」(竹富島竹崗町竹富)

 1  あみあみ ふぁ一ふぁー   《雨を食べよう》
 2  あみあみ ふぁ−ふぁー   《雨を食べよう》
 3  ならふぁーや        《自分の子は》
 4  や−しゃてりや       《腹がすいているというので》
 5  うせまん うままん     《牛っ子や馬っ子に(乗り)》
 6  がんから−がんから−し   《ガンカラーガンカラーと》
 7  うきなんぬぶり       《沖縄へ上り》
 8  やまとぅんぬぶり      《大和へ上り》
 9  ぼんぼん          《桃を》
 10 ぶりかましってぃ くーよ一  《折って食わせて来なさい》
 11 あみあみ ふぁ−ふぁ−    《雨を食べよう)
 12 あみあみ ふぁ一ふぁ−    《雨を食べよう》
                           「八重山篇」46P
 雨が降ってきたとき、子どもらはすぐに止んでほしいと、雨を手にとって食べながらこれを歌う という。食べることは雨に対して威嚇する行為なのだろうか。その「ふぁーふぁー(食べよう)」 という語句に引かれて、わが子が牛馬に乗って沖縄、大和(本土)に行き,桃を食べるということ になったのだと思う。歌が叙事歌的になっていく姿が分かる好例といえるかもしれない。

 さて、呼びかけ歌のなかの「願い歌」については,これまでとするが、願いの含まれない呼びか け歌は,どんな展開を見せるか,次の例をあげて概観しておく。

★例8「あかな−よ あかな−」(沖繩本島 那覇市壷川)

 1  あかな−よ あかな−
 2  ま一かい いちゅが あかなー
 3  にしぬ うみかい
 4  かにぐゎ とぅいが
 5  わんね− いちゅん
 6  かにぐゎ とぅてぃ ぬーすんが
 7  わ うないに くぃゆん
 8  やー うないや た− やが
 9  じゅうぐや うちゅち
 10 あかなや−が やきとんど
 11 なちゅる わらベー みじ かきれ
 12 なはん わらベー かに たたけ
 13 は−くが やんむち こ−てぃ
 14 たっくゎ−せ
        

《アカナー(妖怪の名)ヨ アカナー》
《どこへ行くのか アカナーよ》
《北の海に》
《蟹を取りに》
《わたしは行く》
《蟹を取ってどうするか》
《わたしの妾(または恋人)にやるのだ》
《お前の妾はだれか》
《十五夜のお月だ》
《アカナーの家が焼けているぞ》
《泣いている童は水をかけろ》
《泣かない童を叩け》
《百のとりもちを買って》
《くっつけよ》

「沖縄諸島篇」70P

 これは,子どもたちが夕焼けを見て,それに呼びかける歌である。ここには,夕焼けに対する願 いは全くない。
 1行目の「あかな−」というのは,真っ赤な夕焼けを見て,感嘆した子どもらが想像した怪物で ある。呼びかけたあとは,あかな‐をめぐる叙事歌に展開していくのである。
 ただ,11、12行目だけは,この歌が−部では子守歌としても歌われたというから,背中に背負っ た子どもに対する呼びかけの部分ともとれないことはない。
 このように,呼びかけ歌は、一応、願望の歌と感嘆の歌に分極し、特に後者は、叙事歌に傾斜し ていったということが,いえるのではないだろうか。

 もちろんこれで、呼びかけ歌にみられる表現形式の全てをあげ終わったわけではなく、遊戯歌と 共通した興味深い形式がまだ、いくつも残っている。後にそれぞれの項を立てて説明することとす るが、次は、遊戯歌だけに特有の「数え歌」形式についてみてみることとしたい。

2.数え歌

 遊戯歌といっても、遊びの性格によって、その内容が、かなり違ってくることは当然だが、全体 叙事歌的な傾向を持っていることは確かだと思う。つまり遊戯歌とは、対象に向かって自分等の気 持ちを投げかける呼びかけ歌とは違って、あくまでも遊びを続けることが目的の歌だからである。 気持ちを込めることが,時には遊びの邪魔にさえなることがあるのではないだろうか。
そうした遊戯歌のなかでも、歌で競う遊びの歌は、数え歌形式で歌われることが多い。

 ただ、数え歌とは,ふつう大人の歌でいえば「一つとせ」「二つとせ」と、一連の事柄を歌ってい く歌*5を指すが、童歌では、数が次々に出てくる歌をいう。
 従って,岐も単純なものは、

★例9「てィーた−み−ゆ_」(沖縄本島 国頭村安田)

 1 てィ た一 み− ゆー《一つ 二つ 三つ 四つ》
 2 いち む− なな やー《五つ六つ七つ八つ》
 3 くじ いッくワん   《九十 一貫》
  (くりかえす)
                            「全集」212P

と、ほとんど数を読み上げるだけのものである。
 次には、この数に意味不明の語句がついたものもかなりみられる。

★例10「いんちゃまご」(奄美大島 名瀬市根瀬部)

 1  いんちゃまご ってーよ−《石竃 一つよ》
 2  いんちゃまご った−よー《石竃 二つよ−》
 3  いんちゃまご み−よ− 《石竃 三つよ》
 4  いんちゃまご ゆ−よー 《石竃 四つよ》
 5  いんちゃまご いちよ一 《石竃 五つよ》
 6  いんちゃまご むつよ− 《石竃 六つよ》
 7  いんちゃまご ななよ− 《石竃 七つよ》
 8  いんちゃまご やーよ− 《石竃 八つよ》
 9  いんちゃまご このよー 《石竃 九つよ》
 10 いんちゃまご と−よ−  《石竃 十よ》
                            「奄美篇」670P

 お手玉歌である。「いんちゃまご」という意味はもう分からなくなっているが、「石竃」の意味だ とするのは、この歌の採集者でも伝承者でもあった恵原義盛氏の解釈*6)である。竃は各家になくてはならないものだったから、家戸を数えることだという。

 次が、数の韻を踏んで、次々と人名や地名動物などを歌い込んでいく形である。

★例11「一つひよどり」(多良間島 多良間村仲筋)

 1  ぴてぃ−ちぃ ぴしゆまー  《一つひな》
 2  ふたーちぃ ふしえ−    《フシェー(鳥名か)》
 3  み一ちぃ み−ぴぃか    《三つ ふくろう》
 4  ゆ−ちぃ ゆがら一     《四つ 夜鳥》
 5  いちぃちぃ いちぃばんどぅる《五つ 一番鳥》
 6  む−ちぃ むみどぅる    《六つ 溺れた鳥》
 7  ななちぃ なうしゃ−    《七つ ナウシャー(鳥名か)》
 8  や−ちぃ よ−かにしぃ   《八つ つばめ》
 9  くくぬちぃくが一いぃ    《九つ 久貝》
 10 とぅ− とぅびぃとうる    《十 飛び鳥》
 11 とぅびぃとぅるぬ ふにから  《飛び鳥の船から》
 12 ながたぴぃっすがどう     《長旅をする人が》
 13 ぱなぬ いるいる       《花のいろいろ》
 14 ちくしょう−がたな      《畜生刀》
 15 とぅな−やらせ−       《もうさせろ》
                          「宮古諸島篇」64〜5P

 ほとんどの句に,鳥が歌われている。宮古地域の代表的なまりつき歌という。
 数え歌になっているのは、11行までで、あとはそうでない歌詞がきている。数え歌の前か後に、 そうでない歌詞がくる例は多い。いや、むしろ数え歌だけの歌を探すほうが難しいといってよいく らいである。その関係については、後に述べるつもりである。

 このように数の後に短い動物や地名、人名が歌われるのに対して、大人の数え歌のように長めの 文句がくる歌も皆無ではない。今私が確認しているのは、次の系統のお手玉歌である。

★例12「てィーちがしー」(沖縄本島 玉城村仲村渠)

  1 てィちがし− てィッぽ−かたみてィ いくさかい 《一つとせ 鉄砲を肩にして 戦争に》
  2 た−ちがし− たっちょてィぬ−すんが い−らんな《二つとせ 立っていてどうするの座らない》
  3 み−ちがし一 みッくワぼ−じ ちユらぼ一じ   《三つとせ 盲の坊主の きれいな坊主》
  4 ゆーちがし− ゆ−なぬはなぐワー ちュらはなぐワー《四つとせ ユーナの花の きれいな花よ)
  5 いちちがし− いちまんこ−ご− ちゅらこ−ご  《五つとせ 糸満せむしきれいなせむし》
  6 むーちがしー むッちーからくとゥふるいーたん  《六つとせ 餅を食べたので背が伸びた》
  7 ななちがし− なんみんも−んじ あしばなや   《七つとせ 波之上の野に出て遊ぼうよ》
  8 や−ちがし− やんほるやましし うどゥるかさ  《八つとせ 山原の山宍を驚かそう》
  9 くくぬちがし− くんじャんぷにから やまとゥかい《九つとせ 国頭の船で大和(本土)まで》
  10 とうがし− とゥくいかたみてィ さかやかい   《十とせ 徳利を厨にして酒屋まで》
  11 さかやいたんめ− なだうきらん        《酒屋の爺さんまだ起きない》
  12 や一わいどんどん きりぽんぽん        《家をドンドン 蹴ってボンボン》
                            「全集」244P

 かっての沖縄の遊郭,辻に「糸満こ−ご−」といわれている人がいて、その人がこのお手玉歌に 取り入れられたという。言葉は確かに沖縄方言だが、時代はそう古いことではなく、この形式自体 が、本土の数え歌の影響と考えられる。その後も、童歌としては盛んになることなく終わったもの といえよう。

 さて次は,数を「一つ、二つ、三つ…」とただ読んでいくのではなく,「一晩,二晩,三晩…」 「一月、二月、三月…」「−桝、二桝、三桝…」のように、数えられるものがあって、それが読まれ ていく形がある。これは筋のある歌の一部として出てくる場合が多いが、当然遊びのなかで数を数 える機能も持っているわけである。

★例13「ひょうさちょうどぅり」(奄美大島 名瀬市根瀬部)

 1  ひょうさひようさ ひょうどりくわ《かけすかけす るりかけす》
 2  あかぎぬはななん くゎ−ばなせ 《榕樹(あかぎ)の梢に子をば生み》
 3  くゎ−だきべ−ん をぅ−らんば 《子抱き部も居らないし》
 4  こうしきべ−ん をぅ−らんば  《腰叩き部も居らないし》
 5  わ−いゃくめくゎ しょうだんせ 《吾が兄っこ相談して》
 6  ちゅ−ゆる だかそ       《−晩抱かそ》
 7  った-ゆる だかそ        《二晩抱かそ》
 8  み−ゆる だかそ.       《三晩抱かそ》
 9  ゆ−ゆる だかそ        《四晩抱かそ》
 10 いちゆる だかそ         《五晩抱かそ》
 11 も−ゆる だかそ         《六晩抱かそ》
 12 ななゆる だかそ         《七晩抱かそ》
 13 や−ゆる だかそ         《八晩抱かそ》
 14 こうゆる だかそ         《九晩抱かそ》
 15 と−と だきあげました      《とうとう 抱き終えました》
                              「奄美篇」664P

 まりつき歌で、6行目から14行まで数え歌になっている。「榕樹にるりかけすが子を生んだが,子 を抱く人も、子を抱いて腰を病ませた人の腰をさする人もいない。だから兄に頼んで抱かせましょ う。そして、一晩、二晩、…とうとう九晩まで抱き終えました」という筋である。とうとう、これ まで突きましたという意味も込められているわけである。

 以上、5種ほどの数え歌を例示してみたが、残る問題は、一つの歌に、数え歌の部分とそうでな い部分とが混在しているとき、それをどう考えるかということである。
 それは,

(1)遊びに変化を持たせて長く続けるために,ほとんど内容的に関係のない複数の歌をつなぎ合 わせたもの

(2)内容的に数え歌の前提として歌っているもの

(3)内容的に数え歌の続きとして歌っているもの

と、大体この3種に区別されるが,(1)のケースがきわめて多いようである。
ここに(1)の例示はしないが,例12、13は明らかに(3)に該当し、例14は(2)に該当するものであ る。

 私は,なかでも例12のケースに関心を持っている。本来「一つとせ」で始まる大人の数え歌で は、それだけで一つの物語として完結するわけだが、この歌の数え歌の部分はあくまで言葉遊びで ある。子どもたちは、その言葉遊びが終わったところから、それにつなげて新しい物語を作り始め たということではないだろうか。

 その例をもう一つだけあげる。

★例14「てィー ちぇ一手登根」(沖縄本島 佐敷村屋比久)

 1  てぃーちぇ− てィどゥくん
 2  た一ちぇ一 たなばる
 3  み−ちぇ− みどゥま
 4  ゆ一ちぇ ゆなばる
 5  いちちぇ− いちュかず
 6  む一ちぇ一 むるしま
 7  ななちぇ− ながはま
 8  や−ちぇ一 やんばる
 9  くくぬち くんじャん
 10 くんじャんぶにから
   なふァたぴあっけ
 11 なふァぬがじァぬ
   くィちぬじューさぬ
 12 うみぬはな クェンクェン
 13 かちぬはな クェンクェン

《一つ 手登根)
《二つ 柵原》
《三つ 目取間》
《四つ 与那原》
《五つ 糸数》
《六つ むる島(未詳)》
《七つ 長浜》
《八つ 山原》
《九つ 国頭》
《国頭船から 那馴旅にあたって》

《那覇の蚊の 食いつきの強さ》

《梅の花クェンクェン》
《垣の花クェンクェン》

「全集」220P

 この系統のまりつき歌が、奄美、沖縄を通して最も知られたものであるが、構造的には例11の宮 古のまりつき歌と全く同じである。島が地名になっただけである。沖縄の地名が次々出てきて、数 え歌の最後に出てくる10行目の「国頭」から、新たな話が始まるのである。

 これで思い出す大人の歌の1ジャンルがある、徳之島の「口説」である。この島のいくつかの口 説では,先ず徳之島の村々の風物が歌われていく。その順序は大体、1つの港を起点に実際の道程 で歌われ、やがて本命の村までやってくる。そして、やっとその村で、かつてあったという出来事 が歌われるのである。この地名を折り込んだ数え歌も、形式的によく似ていて、歌謡の展開を考え るのに重要な示唆を与えてくれるであろう。

 なお南島童歌における数え歌の問題は今後、本土や外国の童歌(マザ・グースなど)とのより精 綴な比較研究が必要かもしれない。

3.対句と歌詞反復

 「対句」は、記戦、口承、あるいは散文、韻文を問わず、世界の文学にきわめて広くみられる形 式である。南島の童歌もその例外ではない。いや、対句形式は南島童歌を考えるのに、もっとも重 要な表現形式の一つといってもよいと思う。

 では、その実態を報告する前に、「対句」について、先学の研究を参考に、私なりの概念規定をし ておく。それは次の3条件を満たしているということである。

(1)二つの句が並列していること。
(2)それら向き合う語句の音数が近いこと。
(3)向き合う語句が文法的にほぼ同じ性質をもっていること。

なお、対句の前句と後句の関係から,私は2様の分類をしているが、これらをあらかじめあげて おきたい。

 一つは、前句、後句で表現されている事柄からみた分類である。

鵯型 前句後句、ほとんど同じ事柄が表現されているもの。
鵺型 前句後句、事柄は違うが、「父と母」「朝と夕」「国と島」のように,対比的な事柄が表現さ れているもの。
鶚型 前句後句、ほとんど違う事柄が表現されているもの。
この3種が考えられる。

もう一つは、前句後句に用いられている語句からみた分類である。

鵝型 前句後句に共通した語句が多く使われているもの。
鵞型 前句後句に共通した語句がほとんど使われていないもの。

実際的にii型は、きわめて例外的である。そのため、この型が出てきたときにだけ問題にするこ ととなろう。
 いずれにせよ、鵯、鵺、鶚型、鵝、鵞、型の表記は以下にも使うこととしたい。
では、島々の童歌のなかに、どのように対句力観れているか、種別ごとに順を追ってみていくこ ととしたい。

 最初に「呼びかけ歌」の中の、願いをかける歌の中からあげてみる。

★例15「雨の子供降らばん」(沖縄本島 国頭村安田)

 1 あみんくゎた ふらばん    《雨の子たち(小雨)が降っても》
 2 うふあみ ふらばん      《大雨が降っても》
 3 や−がーぬ うい−り     《ヤー川(井戸の名)の上で》
 4 てぃらていら         《太陽よ 太陽よ》
 5 はんけ−り          《跳ね返れ》
                          「沖繩諸島篇」40〜1P

※この項の引用詞章に限り,箪者が対句にアンダーラインを引いた。

★例16「雨ん加那志」(奄美大島 名瀬市根瀬部)

 1  あめんがなし−
 2  あめんがなし−
 3  な−くゎとぅ
 4  わーくゎとぅ
 5  あしぃどうたむん
 6  な−くゎぬ うぷくれたっと
 7  わ−くゎぬ とぅてぃくれたっとぅ
 8  ふぇーく はれんそりぃよ−
 9  あめんがなし
 10 あめんがなし

《雨の神様》
《雨の神様》
《あなたの子と》
《わたしの子と》
《遊んでいたら》
《あなたの子が おぼれたところ》
《わたしの子が 助けてあげたのよ》&br 《早く晴れてくださいよ》
《雨の神様》
《雨の神様》

「奄美諸島篇」41P

 ともに、雨に対して、止んでほしいというまじない歌だが、例15では、1、2行が、例16は3、 4行と6、7行に対句が見られる。どれも前後句で対比的な事柄(小雨と大雨,あなたの子と私の 子,溺れたあなたの子と助けた私の子)が表現されているという意味で鵺型であり、共通する語句 (ふらばん、くゎとぅ、くゎぬ〜くれたっと)が歌われている点で鵝型といえよう。
 ところで、この2つの願い歌では、「〜せよ」という願いの核になる部分には,対句がみられない が,他の願い歌でもそうなのだろうか。実は,最も切実な願いの気持ちを込めた腹病みや打撲を受 けたときの唱えには,対句のみられることが分かった。

★例17「腹痛み止めまじめないユングトゥ」*7(奄美大島 名瀬市根瀬部)

 1 ふぃ−な−れ       《屍にな_れ》
 2 くす な−れ       《糞にな−れ》
 3 いんぐゎん っころ−   《犬っこに食わせ》
 4 まやくゎん っころ−せ  《猫っこに食わせ》
                          「奄美篇」656P

★例18「打撲傷まじないユングトゥ」(同上)

 1 がぶがぶ いじ−んな    《腫物出るな》
 2 そがそが いじ−んな    《傷痕出るな》
 3 ひらひら な−れ      《平らになーれ》
                          同上書656P

次に、呼びかけ歌でありながら、物語化した歌の例として、かって子どもらがヨソジマ(他集 落)の人に投げつけた悪口歌をあげてみよう。

★例19「根瀬部の人」(奄美大島 名瀬市知名瀬)

 1 にしぶ−ちゅーや かつをんあぎ 《根瀬部の人は鰹鯉食って 腹腐れ》
   か−で わたざくら
 2 きなぞ−ちゅ−や むちぐめ   《知名瀬の人は餅米食って腹滑らか》
   かーで わたぎょらさ
                           「奄美篇」658P

 この歌は、根瀬部にもあって、その時はそれぞれの地名を反対にして歌うようである。それはと もかく、この歌全体が対句で成り立っている。対句の長さでは、かなり長い方の部類に入るといっ てよいだろう。タイプは鵺 鵝 型である。

 さて、次は「遊戯歌」の対句をみてみよう。

★例20「門に立っちょる」(伊是名島伊是名村諸見)

 1 じょ−に たっしょる    《門に立っている》
 2 じゅりぐゎが しがたや   《遊女の姿は》
 3 ちらに ふ− ぬてぃ    《顔に粉を塗って》
 4 くちに びん ぬてぃ    《ロに紅を塗って》
 5 さらしばかまに       《晒し袴に》
 6 すんち ど−ど−      《引っ張ってドードー》
 7 ありん うさがい      《あれも召し上がって》
 8 くりん うさがい      《これも召し上がって》
 9 でぃちゃよ− や−かい   《さあ家へ[帰ろう]》
                           「沖縄諸島篇」91〜2P

 同書の解説によれば、大正末期くらいまでは1対1でケンケンで跳びながら、肘で相手を突いて 倒す遊びであったものが、昭和になって、多くの子どもたちが片足をかけ合って輪を作り、手を打 ちながら、グルグル回る遊びに変わったという。対句としては9行に2組の対句であるから、多い とはいえない。

 もう一例あげる。

★例21「我家の東方んが」(石垣島 石垣市宮良)

 1 ばんだや−ぬ あーんたんが《私の家の東に》
 2 がらさ−ぬ びりそんが  《鳥が座っているけれど》
 3 くちや が−が−     《ロはガーガー[と鳴き]》
 4 み−や ぐらぐら     《目はグラグラ[とあっちこつちをにらむ》
 5 やっきん かまらん    《焼いても食えない》
 6 ばがしん かまらん    《沸かしても食えない》
 7 いりぃがら お−るひとぅ 《西からおいでになる》
 8 あーりぃがら お−るひとぅ《東からおいでになる人》
                         「八重山諸島篇」39〜40P

 この歌は採集段階では、何の歌かよく分からなくなっていたが、お手玉歌か、まりつき歌ではな いかという。8行のうち対句でないのは2行だけであるから,例20と比べれてその密度はずっと濃 いわけである。例20には、たまたま対句が現れたという感じだが、例21の歌い手には、対句で歌を 続けていくという意識があったように思う。

 対句のタイプは、5、6行と、7、8行がともに鵺 鵝 型で、3、4行が珍しい鵺 ii 型である。
 以上、一通りみてきたが、対句は呼びかけ歌にも遊戯歌にも存在し、なお願望や祈りの主観的表 現にも、事柄の客観的表現にも用いられることが明らかになった。

 大人の歌で対句といえば、長詩形叙事歌としての神雛*8が先ず、頭に浮かんでくるが、童歌をみる限り、叙情的表現と対句もけして無縁ではないということである。このことは、南島歌謡史の流れを考えるにはきわめて重要なことといえよう。
 ここで、対句のタイプについても少し問題点をあげておこう。つまり、これまであげたのは、全 部鵺 型であった。そうでないものはないのだろうか。

 周知のように、「おもろさうし」の「おもろ」や、カミンチュ(神人)といわれる機能的宗教者が 儀礼の際に歌う神歌の対句には、前句と後句にほとんど同じ意味をもたせるI型が多い。従って, 童歌にもその型があってよいと思うのは当然であろう。

 そこで先ず,奄美の童歌のなかに,次の歌をみつけた。

★例22「お国やお国や」(奄美大島 宇検村湯湾)

 1 おくにや おくにや
 2 なぜ なば たべる
 3 はらが いたいた
   さくしの も−した
 4 そのとき ややこが できた
 5 できた そのこは おとこのこ なる
 6 てだん やから
 7 てだん はしから
 8 つきうとぅされて
 ※9以降省略

《お国やお国は》
《なぜ茸食べる》
《腹が痛い亜痛いと杓子が申した》

《その時赤ちゃんができた》
《できだその子は男の子である》
《太陽の家から》
《太陽の端から》
《つき落とされて》

「奄美諸島篇」64〜6P

 まりつき歌である。
 問題は6、7行だが,この「太陽の家」と「太陽の端」をどのようにみるかということである。 対比したいいかたというより同じことを表現しようとする意識のほうが強いのではないかと思う。 私はI型とみたい。

また、沖縄には次のような歌がある。

★例23「じんじん」

 1 じんじんじんじん      《蛍よ 蛍》
 2 さかやい みじ くわてぃ  《酒屋の水を食って》
 3 うてぃりよ じんじと    《落ちろよ 蛍》
 4 さがりよ じんじん     《下がれよ 蛍》
 ※2番を省略
                            「沖縄諸島篇」77P

 これも、明らかにI型である。
 だが、これらの例は、確かにI型としても偶然に現れた現象にも思える。あまりにも例が少ない からである。
 ところが、このたび宮古諸島の童歌を調べてみて、I型がきわめて多いこと、かつそれらが、偶 然のものではなく;同一のことを別の言葉で表現しようとする志向が働いていることが分かった。
 実は「宮古諸島篇」には、ぜんぶで49曲の童歌が収められているが、私の調べではうち8曲にI 型の対句を認めることができたのである。その1つをあげてみる。

★例24「鶉の母」(多良間村仲筋)

 1  うっじゃが むぱや
 2  とぅぬがが むまや
 3  ぬびぃぬ いでぃるば
 4  やきぃびぃぬ いでぃるば
 5  じゅー べた とぅばがら
 6  じゅー べた まやがら
 7  っぶぁ まやがらだー
 8  っぶぁ とぅばがらだー
 9  かたぱにが やきとぅむ
 10 ふたぱにが やきとぅむ
 11 ばがっふぁ とぅどぅみ
 12 ばがくが とぅどぅみ

 13 とぅどぅみぬ かぎしゃ
 14 うがかぎしゃ とぅどぅみ
 15 いむちぃどぅりがまよー
 16 ぱまちぃどぅりがまよー
 17 しぃるばまた むなかん
 18 かぎばまい むなかん
 19 うりゃ−みーや しゅ一むしゅ一む
 20 かりゅ−み−や しゅ−むしゅ−む

《ウズラの母は》
《卵の母は》
《野火が出たので》
《焼き火がでたので》
《さあ私たちは跳び上がろう》
《さあ私たちは舞い上がろう》
《お前はどうして舞い上がらないのだ》
《お前は何で跳び上がらないのだ》
《片羽が焼けても)
《双羽が焼けても)
《わたしの子を留めて》
《わたしの卵を留めて
(どうして舞いあがれましょうか)》
《留めの美しさ》
《その美しい留め》
《海千鳥よ》
《浜千鳥よ》
《白浜の真中に》
《美しい浜の真中に》
《それを見てはシューンシューン》
《あれを見てはシュームシューム》

「宮古諸島篇」47P

 この歌は13、14行のほか、全部が対句になっている。この歌に限り、I型の対句のみにアンダー ラインを引いた。全体、I型対句でないのは7、8行の組と19、20行の組だけで、9組の対句のう ち、まさに7つまでがI型の対句なのである。

 なお13、14行も、対句ではないが大いに気になるところである。14で「とぅどぅみぬ かぎし ゃ」と同じ意味を持った対句を歌おうとして、それができず、このような13の語句を入れ替えた変 則的な文句ができたのではないだろうか。いずれにせよ、この歌全体が、明らかにI型志向を持っ たものだといって誤りない。

 さて、この歌は、大勢の子ども等が円陣を作って座り、足を使って遊ぶ歌だとも、大人が子供た ちに語って聞かせる物語歌だともいわれる。この内容からみて確かに成長したものの手が入ってい るかもしれない。いずれにせよ、鵯 型と& 鵺 型の位置づけについては,いつか触れるつもりだが,宮 古の一連の童歌は、私たちに大きな示唆を与えてくれる。また、なぜ宮古だけに、この現象が強く みられるのかということも、きわめて興味ある問題である。

 では、類似でも、対比でもない対句の型、つまり鶚型はないのだろうか。
 今は琉歌調の次のような歌をみつけただけで、ほかには見当たらない。

★例25「稲ま道清らか」(新城島 竹富町新城)

1番
 1 いなまみちちゅらさ やらぶき−いちゅらさ
  《稲ま道が美しいのは,ヤラプ木(テリハポク)が美しい》
 2 なしのむらめるび いるぬちゅらさ
  《名石村の乙女は 色がきれいだ》
 ※3番まであるが以下省略
                          「八重山諸島篇」54P

 どんな遊びに歌ったのか、具体的には不明だという。形式的には、8886調4句対歌詞の上の句 (88)と下の句(86)が対句をなしているということである。この歌自体、本来、子どもの歌とい うより大人の歌の転用に違いない。従って、それは「琉歌」の問題として考えなければならないの だが,本稿ではこれ以上たちいらない。

 さて、対句のもう一つの分類,鵞 型についてはどうだろうか。
 次のような例がある。

★例26「名護屋のかまるんぐわ−」(沖縄本島匡顧村奥間)

 −前略_
 1 うりが うんじゃ      《それの恩義や》
 2 ちゃっさ さんたが     《どれだけ差し上げたか》
 3 くみぬ いっとぅぐす    《米が一斗五升に》
 4 じんぬ しちくゎん     《銭が七賃(十四銭)》
 5 うっさ かんたんど     《それだけ[恩義]を被った)
   リッサ リッサ        《リッサ リッさ》
 6 いちもんめや いち     《いちもんめやいち(未詳)》
                           「沖縄諸島篇」55P

3、4行目がそれだが,対句を意図したというより,たまたま対句になったというのが実際のと ころであろう。
 南島童歌の対句は,やはりi型が本命と知るべきである。ということは,同じ語句を頻繁に使う ことによって,結果的に踏韻の機能をも待たせるわけである。

 最後に、対句と関連させて、歌詞反復の問題を取り上げてみる。
 南島全域の童歌を通して、歌詞反復のある歌はきわめて多い。その目的は、第一には事柄や意志 を強調するため、第二に語調を整えるためだが、問題は対句とのつながりである。
 理屈からいえば、タイプ 鵯 鵝 型の前句後句において、語句の選択が100パーセント一致すれば, つまるところ歌詞反復になってしまうし、反復する句の一語でも変化させると、それは対句になっ てしまうわけである。いずれにせよ、この対句と歌詞反復が深くつながっていることは、疑いない と思う。
 そこで次の例などは、どう考えたらよいだろう。

★例27「名柄みやき主」(奄美大島 宇検村湯湾)

◇1番
 1 ながら みやきしゅや
 2 かじゃるーま ぬみんしょち
 3 かじゃるーま ぬみんしょち

◇2番
 1 うきぃく かみやまじ
 2 くるまぎぃば なおち
 3 ししゅよぎぃば なおち

◇3番
 1 なおち みしゅば いんじ
 2 かみぬ ばち あたてぃ
 3 かみぬ ばち あたてぃ


《名柄みやき主は》
《かじやる−まく未詳>飲みなさって》
《かじやる−まく未詳>飲みなさって》


《うきぃく〈未詳〉神山で》
《くるまぎぃ〈未詳〉を直し》
《ししゅよぎぃ〈未詳〉を直し》


《なおち みしゅば いんじ(未詳)》
《神の罰あたって》
《神の罰あたって》

「奄美諸島篇」76P

※ この歌は有節になっており、5番まであるが、4、5番を省略した。なお、歌詞反復の部分 にもアンダーラインを引いた。

 5番まで採集されているこの歌は、2番以外全て、2、3行目は歌詞反復になっている。2番だ け、どうして対句なのか。それは2行が意味不明であったから、歌い手は3行目に、ふと変化をつ けてみたのではないかと、私は単純に考えている。
 これをもって、初めに歌詞反復があり、それに変化をつける過程で対句が発生したと、普遍化す るつもりは全くない。しかし、興味あり、かつ重要な事例だと思う。

 対句のタイプでI型が本来的か、鵺 型が本来的かということも、単純には出せない答である。た だ、これからの対句研究の方法は童歌や神歌や「おもろ」との徹底的な比較しかないことは明らか である。今回は問題提起だけで、この項を終える。

4.問 答 体

 問いと答えでものごとを表現する形式は、韻文にも散文にも、よくみられるものである。むろ ん、南島歌謡のいろいろなジャンルにも漉厚にみられるものであって、それは南島歌謡史の構築に も大きな意味を持つ形式だと思う。今これを、問答体と読んで話を進めたい。

 この問答体も,大きく次の2種に分けることができる。

(1)実際に2人以上、あるいは2つ以上のグループがあって、かれらが問答する形のもの。
(2)形の上では1人ないし1グループが歌う1首の歌詞として完結しているが、内容的に問答体 をなしているもの。

この(2)ついては、さらに、性格の異なる2種の問答体に分けなければならないのだが、それにつ いてはその時に述べる。

 では例によって、実際の南島童歌をあげつつ、その姿をみていくことにしよう。
(1)の、2人以上、ないし2つ以上のグループが実際に歌をかけ合うというのは、童歌の場合、遊 戯歌によく出てくるものである。もちろん、遊び自体の櫛造と−体であることはいうまでもない。

★例28「天のと−と−め−ぐゎ−」(沖縄本 島那覇市上之屋)

 1 てぃんぬ とーと−めーぐゎー  《天のお月さま》
 2 ゆーや あきとーみ       《夜は明けていますか》
 3 あきら−ん           《明けていない》
 4 あんせ− わんね− ちゃ−すが 《それじゃわたしはどうしましょうか》
                          「沖縄諸島篇」81P

 子どもたちが二人、背中合わせになって、代わり番に相手を背中に乗せるという遊びである。こ の資料には、詳しい歌われ方は記されていないが、おそらく、2人が「お月さん」といい、肩に乗 せたほうが1行目「夜が明けましたか」といえば,乗せられたほうが3行目「明けていない」と答 え、また乗せたほうが4行目「それじゃどうしようか」と歌い、それを交互に繰り返したのだと思 う。
 遊びも込み入ってくると、次のようなものがある。

★例29「親の子くり」(徳之島 伊仙町喜念)

 1  鬼/がらやまいじぃ がらきち   《竹山に人って 竹を切り》
 2    かねくいじ せ−つぃくてゐ  《兼久(地名)に行って篭を作って》
 3    あだんまかい いきゃるかねえ 《浅間(地名)へ行けるだろうか》
 4  親/いきゃらん いきゃらん    《行けません 行けません》
 5  鬼/ま一ちぃくりぃりぃ      《火をください》
 6  親/やぎぬくゎ−なちぃ      《山羊が子を生んで
       くりぃららん          あげることはできません》};
     くりぃららん         《できません》
 7    まーリなん まーりなん    《後の方に後の方に》
      かさたりくゎぬ う−しぃが   《瘡ぶたある子が いますから》
      うりとぅてゐ いきぇ      《それをとって 行っちゃえ》
 8  子一同/うやぬめぇ−たりぃてゐ  《親が弱気になって》
 9      くゎ−だん とぅらすなよー 《子ども取らすなよ》
 10     うやぬめぇー たりぃてぃ  《親が弱気になって》
 11     くゎ−だん とぅらすなよ− 《子ども取らすなよ》

                          「奄美諸島篇」103P

 子取ろ鬼の遊びである。鬼の役と親の役が相対し、親の後ろに子どもたちが、つながる。親は子 を取られないように、手を広げて防戦する。子どもらは捕まらないように、身を交わす。捕まった 子が、次の鬼になる。このときの、やり取りの歌がこれである。もう、立派な演劇の世界になって いるといってもよいのではないだろうか。

 ここで、呼びかけ歌にはこの形はないのだろうかという問いが出されるかもしれない。いうまで もないことだが、子どもたちの呼びかけの対象は、多く、ものをいわないものたちである。そのた め問答体は成立しないということになるのだが、例外的に、他地域の人たちに投げかける悪口歌が ある。

★例30「西方ね」(石垣島 石垣市石垣)

 1 東方/いーりほ−ね まっかー
      ヨイサ
 2    あ−りほ−ね き−むちィ
      ヨイサ
 3 西方/あ一りほ−ね まっか−
      ヨイサ
 4    い−りほ−ね き−むちィ
      ヨイサ
 5 双方/しュ−ぬふァーで あんきって
      あッぱ−ふァーで あんきって
 6    あんじりいのうんざん
 7    むちぷさな
 8    シントークイナ一
      ゆーうばなれ[ハヤシ]
 9    ハイヨーホーネ
      ゆ−うばなうれ[ハヤシ]

《西方は弱虫で ヨイサ》

《東方は元気者 ヨイサ)

《東方は弱虫で ヨイサ》

《西方は元気者》

《父さんの子といっても》
《母さんの子といっても》
《これしきの砂も》
《持てないなんて》
《シントークイナ豊年よ》

《ハイヨーホーネ正月だ》

「全集」322P

 南島では、正月近くなると浜から白砂を運んで家の庭を清める習慣があった。この砂を運ぶのは 子どもの役目で、路上で他地域の子と会うとこんな歌で応酬し会ったようである。私は、かつての 模様をそっくり再現した舞台を見たことがあるが*9を演じているのが現代つ子でありながら、お互い 掴みかからんばかりに興奮している姿が印象的であった。

 私はこうした形を、琉歌発生の底に流れる歌かけの原点ではないかと考えている。
 さて、次の(2)の形に移ろう。形は1人、ないし1グループで歌う歌でありながら、問答体になっ ているものである。この形を想定したきっかけは、例えば奄美の島歌の歌詞のなかに,

  船の高舳(たかども)に 白鳥(しるどぅり)()ちゅり
   《船の高い舳先に 白鳥が居る》
  白鳥(しるどぅり)やあらぬ 姉妹神(うなりがみ)かなし
   《いや、白鳥ではない、姉妹神の化身》
                      「ヨイスラ節」の元歌

 のように、上の句と下の句が問答体になっているものあるが*10、類似のものが童歌にはないだろ うかと思ったからである。
 調べてみると、童歌には上の句下の句がはっきりみられる歌は、琉歌調歌詞を流用したもの以外 にはないが、部分的に問答体のみられる歌はあった。

★例31「ちんなんみ−よ」(沖縄本島 山原方面)

 1 ちんなんみーよ ちんなんみー   《蝸牛(かたつむり)よ蝸牛よ)》
 2 ま−から んじたる ちんなんみー 《何処から出たのか 蝸牛よ》
 3 はんからのみ−から へーんじたん 《葛(かずら)の繁みから追い出した》
 4 かりゆし ちんなんみ−      《嘉例吉(めでたい)蝸牛よ》
                          「沖縄諸島篇」44P

 かたつむりへの呼びかけ歌である。1、2行と3行が問答になっているが,むろん3行目は,呼 びかけたものがかたつむりの言葉を代弁したのである。

★例32「南瓜(とちぶる)(かぼちゃ)」(奄美大島 名瀬市根瀬部)

 1 とちぷる とちぷる     《かぼちゃ かぼちゃ》
 2 たっか なかせ       《誰が位かした》
 3 しぶりぬ なかさんば    《冬瓜が泣かさなければ》
 4 たっか なかす       《誰が泣かすか》
 5 よねや わきゃちゃんに   《今宵おいらの父に》
 6 くびらすっと        《縛らすぞ》
 7 なくな なくな とぅちぷる 《泣くな 泣くな かぼちゃよ》
                           「奄美篇」653P

 これはかぼちやのように頭の大きい子をからかう歌だという。1、2行の問に対する答が3、4 行目であり、それならばと最初に問うたほうが5、6、7行目をいう形になっている。
 このようなタイプの歌は、最初、私が想像した以上に少ないことをいっておきたい。
 さて、次の問答体でも、いままであげた形の問答とは異なる(2)のB型ともいうべきものをあげて みよう。強いて名付けるなら、物語り引き出し型といえるものである。
 これも例示するのが一番分かりやすいだろう。

★例33「うまに寝んと−せー」(沖縄本島 名護市久志)

 1  うまに にんとーせ た一 やが 《ここに寝ているのはだれか》
 2  わった− たんめ        《わたしたちのおじいさんだ》
 3  ぬーんち にんとが       《なぜ寝ているのか》
 4  さき くゎてぃ わたやでぃ   《酒を飲んでおなかをこわしたので》
 5  た−が ぬまちゃが       《だれが飲ませたのか》
 6  あんぐゎたが          《お姉さんたちが[飲ませたのだ])
 7  つ−く あたとーみ       《強く当たっているか(重い病か)》
 8  しにがた            《死にそうなほどだ》
 9  しね− まんじ うぐみがや   《死んだらどこに寵めようか(葬ろうか)》
 10 さたやぬ くしんじ        《砂糟屋のうしろに[葬る]》
 11 ぬんち うぐみがや        《どのようにして寵めようか》
 12 とぅんぐぇに がんぷい さに   《鍬(くわ)で掘って[葬る]》
                           「沖縄諸島篇」42P

 お手玉歌という。
 奇数行が全部、問いになっていて、偶数行がそれぞれの答えである。この問答体の特徴は。Aと Bとが対等の立場で尋ねたり、答えたりするというものではなく、Aが一方的に尋ね、Bがそれに 答えていくことで、一つの筋をたどるというものである。いい換えれば問いは、物語の続きを引き 出していく役割を果たしていることになろう。

 次に、より長編の童歌をあげてみたい。

★例34「イチョロバンアサ(シーソー)ユン グトゥ」
 (奄美大島 名瀬市根瀬部)

 1 さぎさぎ みさぎ          《鷺 鷺 み鷺》
 2 ぬふさんが え−たる        《何欲しさで痩せたか》
 3 すふさんどぅ え−たる       《魚欲しさで痩せたぞ》
 4 ながだぜ ながぜい しちかまんな  《長田で長蝦掬って食べな》
 5 まるだぜ まるぜい しちかまんな  《丸田で丸蝦掬って食べな》
 6 むたくゎ っくっかれば きゃすんが 《泥っこがくっついたら どうするぞ》
 7 こーなんて あらわんな       《川で洗わんか)
 8 ながれれば きゃすんが       《流れたらどうするぞ》
 9 くさくゎなん しがらんな      《草っこに縋らんか》
 10 くさくゎぬ きれれば きやすんが  《草っこが切れたらどうするぞ》
 11 じーきなん しがらんな       《芒に縋らんか》
 12 てっくゎぬ きれれば きゃすんが  《手っこ切ったらどうするぞ》
 13 こほっくゎせ ちんまんな      《古布っこで包まんな》
 14 こほっくゎぬ やれれば きゃすんが 《古布っこが破れたらどうするぞ》
 15 はりくゎせ のわんな        《針っこで縫わんか》
 16 はりくゎぬ をぅれれば きゃすんが 《針っこが折れたらどうするぞ》
 17 かじどん たんまんな        《鍛冶殿を頼まんか》
 18 うっかでやきよさが         《その料金はいくらぞ》
 19 いちえんごじっせんご一り      《一円五十銭五厘》
                             「奄美篇」660P

 奄美ではシーソーことを「イショロバンサ」というが、それを漕ぎながら歌う歌である。最初は 鷺に対する呼びかけ歌であったと考えられる。

 1、2行目が鷺を見た者の問いで、3行目が鷺の答えになっている。この2行目の問いは、明ら かに今問題にしている話を引き出すための問いである。ついで、4、5行目は、対句で鷺に対する 忠告の文句であるから問いではない。それ以降の偶数行が鷺の側の問いだが、これが話を展開させ るための問いになっていることが分かるであろう。

 今あげた2例で、「あんた方どこさ」「肥後さ」「肥後どこさ」「熊本さ」と続いていく全国的に有 名なまりつき歌を多くの人が思い出すはずである。つまり本土の童歌につながる形式だといえる。 話はそれで終わりではない。ここでは資料はあげないが、この問答法は実な南島の伝統的職能的宗 教者であるノロやユタの神歌にもかなり漉密に出てくる形式であることが明らかになっているので ある。

 この種の問答体が用いられるようになったのは、童歌と神歌とでは、どちらが先で、どちらが後 か、ここでいうつもりはないが、2つのジャンルが、形式上連続していることは疑いのないことで ある。

<おわりに>

 以上、4項にわたって童歌にみる表現形式を紹介し、分析してみた。無論これで尽くされたわけ ではない。他にも踏韻、連鎖法、擬人法、誇張法、比聡、オノマトペ,倒置法等々、数え上げれば 切りのないほどの形式がある。しかし、これで南島童歌を特徴づける基本的で、かつ重要な形式は 一応あげ得たと思っている。問題はこれからの研究の見通しである。本論中にも書いたが、後は, 神歌や短詩形叙情歌としての琉歌や島歌等との比較が重要な仕事になってこようと思う。本稿では 踏み込まなかったが、南島歌謡に関心ある多くの方々は、特に童歌と神歌との間に全く共通する か、近似した形式が、いくつも存在することに気づかれたはずである。これからの南島歌謡史を考 えていくには、内容分析や比較もさることながら形式の分析、比較をも重視すべきだということを 提起して小稿を閉じたい。

[註]
1. 歌謡以前ともとれる子どもたちの唱え、呪文の類も、一定のリズム、旋律を有しているという意味で童歌に含めた。
2. 本書(縦組)は2段組で、上段が詞章、下段が共通語訳となっている。詞章は、歌詞部分が平仮名、ハヤシコトパが片仮名、なお、詞章の中には中舌音の場合、文字の右横に○を付したものがある。これを引用するに当たっては、詞章は○を除いて原文通りに、共通絡択は《 》内に、やはり原文のまま記した。ただし行は本書と一部変えたものがある。各行の番号は小川による。曲名は本譜のものを踏襲するよう努めたが、※を付したものは、絢章の打ち出しの文句をとって、小川が付けたもの。
3. 本書(縦組)の歌は、歌詞がルビ付きの漢字と平仮名(ただし中舌音を表すために片仮名も一部使 用)で書かれ、ハヤシコトパが片仮名で妃されている。共通語沢は付せられているものとないものとが ある。これの引用に当たっては、詞章部分を全て平仮名と片仮名に直した。共通語訳は《 》内に、本 書の当て字などを参考に小川が付けた。行は原文と−部変えたものあり、各行の番号は小川が付す。曲 名は全て本書のもの。
4. 本書(横組)の詞章は、歌詞が平仮名、ハヤシコトバが片仮名で記されている。なお各行に共通語訳 が付けられている。本書からの引用に当たっては、歌詞、ハヤシコトバ、共通語訳(《 》内に)を原 文通り記したが、行については一細変えたものがある。これも各行の頭に番号を付した。曲名は全て文 書のもの。
5. 本土の童歌については、すでに今井昌子氏が多くの例をあげて、分析している。「わらべ唄の発想と表現」(<同志社国文学>20号[昭和57年]収載)参照。
6. 本土民謡でいえば、「弥三郎節」(青森)、「銚子大漁節」(千葉)など。
7. 『南島歌謡大成 鵐 奄美篇」670P
8. 口説というジャンルはもともと本土のものであるが、徳之島に多く残され
  ている。中に、明らかに島内のことが歌われているものがいくつかある。
  「南島歌謡大成 鵐 奄美篇」の「口説」の項など参照。
9. 「読みごと」からきたともされるが、奄美では広く呪言の類をいう。
  これらを紹介した恵原義盛氏は,ほとんど広義の童歌の意味で使って
  いたようである。「童ユンゴトゥ」というのが、正確かもしれない。
10. 南島でユタとかノロといわれる職能的巫者や祭司が織礼の時に歌う歌。
11. 沖縄の著名な童歌「てんさぐぬ花」などが1例。
12. 1994年6月、石垣市主催で行われたアジア芸能祭で、石垣小学校の児童
   が演じたもの。
13. 琉歌のいくつかが、上の句下の句問答体になっているのは、歌掛けの
   名残りだと考えられる。土橋寛氏の古代歌謡研究の成果からもいえる
   ことである。「古代歌謡論」など参照。
14. 町田嘉章・浅野建二編「わらべうた」
 (岩波文庫)など参照。

筆者小川は教授(ヤポネシヤ文学他)
ー1994.11.30.受理一

*1 歌謡以前ともとれる子どもたちの唱え、呪文の類も、一定のリズム、旋律を有しているという意味で童歌に含めた。
*2 本書(縦組)は2段組で、上段が詞章、下段が共通語訳となっている。詞章は、歌詞部分が平仮名、ハヤシコトパが片仮名、なお、詞章の中には中舌音の場合、文字の右横に○を付したものがある。これを引用するに当たっては、詞章は○を除いて原文通りに、共通絡択は《 》内に、やはり原文のまま記した。ただし行は本書と一部変えたものがある。各行の番号は小川による。曲名は本譜のものを踏襲するよう努めたが、※を付したものは、絢章の打ち出しの文句をとって、小川が付けたもの。
*3 本書(縦組)の歌は、歌詞がルビ付きの漢字と平仮名(ただし中舌音を表すために片仮名も一部使 用)で書かれ、ハヤシコトパが片仮名で妃されている。共通語沢は付せられているものとないものとが ある。これの引用に当たっては、詞章部分を全て平仮名と片仮名に直した。共通語訳は《 》内に、本 書の当て字などを参考に小川が付けた。行は原文と−部変えたものあり、各行の番号は小川が付す。曲 名は全て本書のもの。
*4 本書(横組)の詞章は、歌詞が平仮名、ハヤシコトバが片仮名で記されている。なお各行に共通語訳 が付けられている。本書からの引用に当たっては、歌詞、ハヤシコトバ、共通語訳(《 》内に)を原 文通り記したが、行については一細変えたものがある。これも各行の頭に番号を付した。曲名は全て文 書のもの。
*5 本土民謡でいえば、「弥三郎節」(青森)、「銚子大漁節」(千葉)など。
*6 『南島歌謡大成 鵐 奄美篇」670P
*7 「読みごと」からきたともされるが、奄美では広く呪言の類をいう。これらを紹介した恵原義盛氏は,ほとんど広義の童歌の意味で使っていたようである。「童ユンゴトゥ」というのが、正確かもしれない。
*8 南島でユタとかノロといわれる職能的巫者や祭司が織礼の時に歌う歌。
*9 1994年6月、石垣市主催で行われたアジア芸能祭で、石垣小学校の児童が演じたもの。
*10 琉歌のいくつかが、上の句下の句問答体になっているのは、歌掛けの名残りだと考えられる。土橋寛氏の古代歌謡研究の成果からもいえることである。「古代歌謡論」など参照。
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Last-modified: 2013-04-11 (木) 14:04:21 (2070d)