奄美民謡における短詞形歌詞の表現様式

The Structure of expression in Short Verses in Amami Area Folk songs

キーワード:奄美民謡・シマウタ・歌掛け・表現様式・レトリック

小川学夫

【要旨】

 奄美民謡は,歌い手と聴き手が分離したものではなく,その場に居合わせた複数の人間が歌詞 を出し合って続けていく,いわゆる掛け合いによる歌唱が基本である。そのとき,歌詞は純然た る即興で歌われる場合もあったが,既成の歌詞も多く用いられた。掛け合いとは自己の思いをそ の場にいる人たちに訴えることであるから,既成の歌詞を歌う場合も,その場その時の状況に合 わせて,歌詞の内容をかなり自由に解釈して,時には変更して歌うことが許された。

 本稿 鵯 では,歌詞に人称がどう表現されているかを調べ,歌う時と場によってきわめて可変的 であることを示した。鵺 では,命令形から疑問形まで様々な表現形態をみることによって,やは り歌掛けの影響のもとにあることを指摘した。では,歌詞の上の句.下の句関係を表現のうえ から観察し,各句は当初,別々の人によって歌われていたのではないかということを示唆した。
鶤 では,歌詞の中の比喩、踏韻,対句,3つのレトリックをあげて,歌掛けとのつながりがきわ めて強いことを確認したものである。

【目次】

【凡例】

1,歌詞は「南島歌謡大成 V奄美篇」(田畑英勝ほか編角川書店昭和54年刊)と「奄美の 島唄(歌詞集)」(恵原義盛著海風社1988年刊),その他の著書から引用して,左側に歌詞 を,右側に小川が著書を参考にしながら共通語訳を付した。歌詞・訳ごとの末尾に書名(それ ぞれ前2箸については「大成」,「恵原」と略す)と頁,および伝承されている島名,ジャンル を入れた。ただし,伝承されている島とジャンルはあくまでも著書が示しているものであって, 実際には別の島やジャンルでも歌われている可能性があるものである。

2,歌詞の表記については,原著に漢字やカタカナが当てられているものも発音だけは尊重して 全てひらがなにした。改行,句切れなどは原文を変更したものもある。また,格助詞「ぬ」は 「の」に変え,中舌音を示す記号等は省略した。

3,共通語訳については,簡明な通釈を心がけたが,( )で説明をつけ,[ ]で言葉を 補ったものがある。

4,本文で「唄」と表記したときは,曲節も歌詞も含めた「うた」全体を示し,「歌」というと きは詞章を中心にした「うた」を示した。

【本文】

はじめに

 先ず「奄美民謡」とは,奄美諸島において一般的な生活をしている島の人々が,生活のなかで 歌っている,あるいは歌ったことのある歌と規定しておきたい。それも大きく3分野に分けて考 えてみることとする。1つは,田植えや田の草取り,舟漕ぎ,地突きなど様々な仕事の場で歌わ れた「仕事歌」,今1つは,生活共同体の年中行事や,家の諸行事に歌われてきた「行事歌」,そ して,主に楽しみのために人々が寄り集まって歌う「座興歌」である。こうして歌って楽しむこ とを奄美では「歌遊び」というから,座興歌というより「遊び歌」といった方が島の人には自然 である。島の人がよく口にする「シマウタ」が,これに該当するものである。

 ここで,詞形的にどんな歌詞が歌われるかということだが,多くは2句体からせいぜい8句体 の短詞形のものである。それらを大きく分けると次のようになる。

  • 8886調4句体のいわゆる琉歌調といわれるもの,およびこれに準じたもの(8888調 や88調2句体,88868886調8句体など)
  • 585585調6句体,ないし58585調5句体のもの,およびこれに準じたもの
  • 3句体とみなされる不定形のもの(奄美大島の「あさぱな節」などの歌詞)
  • 4句体とみなされる不定形のもの(奄美大島の「諸くま慢女節」などの歌詞)

 これらの詞形の成り立ちや,本土民謡と比較する作業は,私なりにすでに行った *1・本 稿では表現上どのような様式をとっているかを分析して抽出するのが主たる目的である。
 そこで,本論に入る前にもう1点,奄美民謡というより,日本民謡全般に歌われる歌の文句, すなわち歌詞について基本的な性格をきっちりと押さえておきたい。

 創作民謡はともかくとして,伝統民謡は曲も詞章も基本的にその作者は分かっていない。いい かたを変えれば,それまでその歌に何らかの形で参画してきた数えきれない人々の共同作品といっ てよいものである。その結果,歌詞に表現された意志や感情は,「個」のものではなく,「衆」の ものであるといえる。ここが西欧的な背景を持つ近代詩と根本的に違う点といえよう。例えば 「私はあなたを愛す」といった表現がある場合,近代詩では作者の切々たる意志や感情の発露と みなして誤りない。だが,民謡では,そこに居合わして歌う人,聞く人,誰もが,すでに共有し ている意志や感情を背景とした「愛す」なのである。このことは,近代詩に比べて形式的,類型 的,紋切り型表現に傾きやすくはなることは否定できないが,一方,既成の歌の文句に自らの意 志や感情を移入して使うという方法も可能になるのである。

 実際,奄美の民謡ではそのことが頻繁に行われた。いや,そうでなければ奄美の歌は今日まで 継承され得なかったといってよい。繰り返すことになるが,特に奄美の場合,複数の男女が掛け 合い(歌問答)で,歌を続けていくというのが基本的な形であったから,歌い手たちは,その場 その時に応じて歌の文句を出さなければならない。このとき既成のもののなかからその場にあっ た文句を選択して,そこに自らの意志や感情を吹き込んで歌うのが,もっともやりやすい方法で あったのである。歌い手は既成の歌詞に感情移入して,あたかも新しい歌詞を初めて歌うような 気分で歌うことも珍しくはなかった。したがって,同じ歌詞であっても,その場その時によって, 大きく意味が転換することがけっして少なくはないのである。
 ある恋歌の例をあげる。

 いもらんかな またんよりも

 にじゅう にさんやの
 うずきさま まちがまさり

いらっしゃらない恋人を
 待とうとするよりも
二十二,三夜の
お月様を 待つのが勝る

*大成450頁(奄美大島・遊び唄)

 という文句が歌われる状況を考えてみよう。恋人を待ちこがれる当人にとっては「こんなに待っ ていても恋人はやって来ないからあきらめよう」という気持ちだし,第三者の立場なら「そんな に待っていても馬鹿みるだけだよ」と忠告したい気分である。「色恋沙汰より,月見の方がはる かに大切なのだ」という,教訓歌として歌われても不思議ではないのである。

 このような既成の歌詞の使用に対して,即興で新しい歌詞を作って歌う方法も,盛んにとられ たことはたしかである。これは今も全く忘れられたわけでなく,ときたま即興の文句を出して拍 手喝采される歌い手もいないではない。ならば,即興全盛の時代にこそ,「個」の歌が生まれた のではないかという考え方も成り立つのではないか。しかし,実情は大きく異なるといわなけれ ばならない。民謡の歌詞の表現形式は,実際にはがんじがらめに固定されていて,それから逸脱 して独創的,個性的に表現することはけっして容易ではなかった,と考える方が正しいのである。 いい方を変えれば,そうしたゆるぎない,かつ歌い手たちに共有された表現形式があったからこ そ,それに則りさえすればスムーズに即興歌を出し得たともいえるのである。

 こうした性格から,総じて民謡の歌詞がもつ文学性は,近現代の詩に比較してきわめて低劣な ものと見なされやすいことは事実である。しかし私は,これこそ民謡が持っている特徴,個性で あって,優越を論ずるのは当たらないと思っている。
 このことを補う形にもなるが,これまで私が奄美民謡研究をする上で最も影響を受けてきた古 代歌謡の泰斗,土橋寛は,文芸を純粋文芸と限界文芸とにわけ,前者をして「美的価値を直接の 目的として生産され,それ自身で完結した世界をなすもの」とし,後者をして「他の目的(生活 的,宗教的な)をもって生産され,非完結的な制作物」とした。しかし,「美的経験を与えるも のは,やはり芸術として見ることが可能であり」,この名称は美的価値には無関係であるといわ れている。*2

 奄美民謡も限界文芸であることは明らかである。あくまでも仕事や,行事や,歌遊びの場で, 相手に思いを訴えたり,あるいは神的なものに祈るためのものであったからである。例えば恋を 歌って純粋に人々を感動させようというのは,奄美民謡が歌掛けの形を放棄して,舞台の歌とも なったごく最近の現象といえるのである。
 以上のことを踏まえて,本論に入っていきたい。

鵯 人称の表現

 ここに「人称の表現」というときの「人称」とは,その歌詞が表現する事柄の主語が,いった い「われ」なのか,「あなた」なのか,その他の「かれ(または「かの女」)ないし人以外の具体 物,または抽象物なのかということである。
 奄美民謡は複数の人間が掛け合いで歌うのが本来の形であることは,今記したばかりであるが, それは人称の問題にも大きく関わってくる。そこで,人称別に該当する歌詞を調べてみることと する。

(1)主語一人称の歌詞

 日本語が主語を省略して十分に通じる言語であることは,よく知られた事柄であるが,奄美の 歌詞もそのことがいえる。むろん「わ」「わん」「わが」などとはっきり主語が明示された歌もな いではないが,それは圧倒的に少ない。
 その少ないものの例からあげる。

 わぬや あすぴしき

 とぅみてぃ とぅまららぬ
 しまの しるくちに
 あすぴ たてぃろ

私は 遊び好き
止めても 止まらない
しま(集落)の
 尻口(出口ないし入り口)に
遊びの 段取りをしよう

*大成425頁(奄美大島・八月唄)

 いこいこに しりぱ
 あとのはぎ たちゅん
 いろいろに しりぱ
 わぬや しゃしゅい

行こういこうと すれば
あとの面影が 立つよ
居よう居ようと すれば
私は どうしよう

*大成425頁(同上)

 これだけはっきり「わぬ」と歌い込まれていると,人称の特定は難しいことではない。
 しかし,以下の歌,

 たびや はまやどり
 くさのはど まくら
 いちむ わしりらぬ
 わやの うすば

旅は浜宿り
草の葉が 枕
いつも 忘れられない
わが家(親ともとれる)の お側

*大成566頁(沖永良部島・遊び唄)

には,「わや(わが家)」とあるから,当然主語は一人称と考えたいが,「自分の家」とも解釈で きるから,必ずしも一人称とはいえなくなる。
 つぎは主語が隠れている例である。

 かなしゃんちゅや なんちゅりどある
 うしまな ななまぎりに
 かなしゃんちゅや なんちゅりどある

愛しい人はあなた一人です
大島の 七間切(かつての行政区画)に
愛しい人は あなた−人です

*恵原67頁(奄美大島・遊び唄)

 うたや しろしれば
 こいや むちをらぬ
 むちなれぬ こいせ
 いわて おせろ

歌は しようとしても
声は 持っていない
持ち慣れない 声で[歌って]
祝って 差し上げましょう

*大成390頁(奄美大島・八月唄)

 しょどみ みわらべの
 ゆきむらの はぐき
 いちが ゆのくれて
 みくち すわな

諸鈍(地名)の 女童(娘)の
雪のような 歯茎
いつに 夜が暮れて(夜になって)
[かの女の]御口を 吸おう

*大成353頁(同上)

 うまれ いねがなし
 み−かまけーて たあむぃしぶしゃ
 じゅうはち きょらむぇれ
 てぃかけ みぶしゃ

生まれた 稲カナシ(美称)
新鎌を掛けて 試してみたい
十八の きれいな娘は
手を掛けて みたい

*大成302頁(徳之島・仕事唄)

 1首目は,「なん(あなた)」という言葉が出てくるから,主語は「わたし」以外にはあり得な い。2,3,4首目は,それぞれ末語の「おせろ(差し上げましょう)」「すわな(吸おう)」「み ぶしや(したい)」から主語が二人称と特定できるものである。
 むろん実際の歌の場では,歌い手がこの歌詞通りの思いを伝えるためにだけそれを選択すると は限らない。例えば3首目の文句でいえば,「あなたの御ロを吸いたい」という直裁な意図で歌 われることはむしろ稀で,諸鈍の娘たちの魅力を称えるために歌われることがほとんどだといえ る。したがって,歌う人には一人称の意識はほとんどないのである。


(2)主語二人称の歌詞
 歌詞の中に「なん(あなた)」「なきゃ(あなたたち)」といった言葉は確かに頻出する。しか し,それが主語として出てくる割合はそんなに多いとはいえない。  少ないものからあえてあげてみると,

 なきゃえ−ちゅの くわんきゃや
 ちりめんきぴ まわち
 わきゃひゃくしょの くわんきゃや
 おぐらきび まきゅり

あなたたち良家の 子供らは
縮緬帯を 廻し
私たち百姓の 子供らは
おぐら(小倉木綿)の帯を 巻く

*大成343頁(奄美大島・八月唄)

 なきゃも きもなをて
 わきゃも きもなおて
 たげに きもなおて
 よさり あしぽ

あなたたちも 肝(心)を直して
私たちも 肝を直して
互いに 肝を直して
夜通し 遊ぼう

*大成347頁(同上)

 いずれも,一首中に主語が2つある例である。しかも,「なきゃ」と「わきや」とは対語になっ ているというのも特徴といえる。対語,対句については,後にも問題としたい。
 では,主語は隠れているがこれに該当する歌はないのだろうか。大方命令形をとった歌詞がそ うである。英語の命令形に主語がないことは周知のことだが,これと同じだといえばそうである。 この「命令形」についても,別項で論じなければならないが,ここでも一応例示しておく。

 いわえよ いわえ
 こぅんとのち いわえよ
 いわて うちぇからや
 うゆえ みしょれ

祝えよ 祝え
この殿地(屋敷)を 祝えよ
祝った 上からは
祝い[の酒]を 召し上がりなさい

*大成327頁(奄美大島・八月唄)

 うらうらの ふかさ
 せんぴるどぅ たちゅる
 うれぃよりも ふかさ
 おもてぃ たぽれ

浦々の 深さは
千尋も 立つ
それよりも 深く
[私のことを]思って 下さい

*大成447頁(奄美大島・行事唄)

「祝い酒」を召し上がり,私のことを思う主体が,歌いかけた相手であることはいうまでもな い。


(3)主語三人称の歌詞
 一人称,二人称以外の人か,人以外の具体物,抽象物が主語となっている歌詞についてみてみ る。
 先ず人が出てきたとき,疑いなく三人称と分かるのは,固有名詞の場合である。

 かとぅく なびかなや
 きゃしふどぅや あたか
 うやに みずくまし
 ゐちゅてぃ あみゅん

嘉徳(地名)のなべ加那(女性名)は
いかほど[尊い女性で]あったのか
親に 水を汲ませ
[自分は]居ながら 浴している

*大成512頁(喜界島・遊び唄)

 くんのり よれじょあごや
 おじゅうごやの うずき
 くんのり みねじろうや
 はつか ゆやみ

国直(地名)の よね姉さんは
御十五夜の お月さん
国直の みねじろう(男性名)は
二十日夜の 夜間

*大成471頁(奄美大島・遊び唄)

 奄美の民謡には,噂を歌うように世間にあった出来事や,特別な人物を歌った物語歌ともいう べきものがあるが,これがそうである。
 こういうケースもある。

 にしく はやうまに
 しゅぬりぐら かけてぃ
 ながくもば はらち
 いきぃば たじご

にしく(地名)の 早馬に
朱塗りの 鞍を掛けて
長雲(峠の名前)を 走らせて
行けば 龍郷(地名)

*大成481頁(奄美大島・遊び唄)

 この歌詞には,主語は隠されているが,この歌の主人公が特定の歴史上の人物だということは 島の人の間には,昔から膾炙されている。それを知って歌う人には当然主語は三人称であるし, これを伝説とは関係ない歌として歌えば,一人称にも,二人称にもなりうるのである。
 一方,歌詞の中に「かな(恋人)」とか「あんま(母)」などという,一見三人称の言葉が出て きた場合,人称を特定しにくいケースがある。

 あんくもかの したやらめ
 わんかな やくめや
 あんくもかの したやらめ

あの雲の下でしょうか
私の恋する 兄さんは
あの雲の 下でしょうか

*恵原58頁(奄美大島・遊び唄)

 この歌では「かなやくめ(恋人の兄さん)」が主語である。三人称に解釈するのが,ふつうだ が,相手をも「かな」と呼びかけることがあるから,「私の愛しい兄さんであるあなた」と,遠 くにいる恋人(二人称)に呼びかける歌にもなりうる。人が主語になったとき人称は特定しにく いという例である。しかし,つぎのようにはっきり三人称と特定できるものもむろんないわけで はない。

 てぃぬぐいくりゅる むぞや
 しまじまに あしが
 わきむくりゅる むぞや
 いなん ねさみ

手拭いをくれる 無蔵(可愛い人)は
島々に いるが
自分の肝(心)をくれる 無蔵は
どこにも いない

*大系578頁(与論島・遊び唄)

 この「無蔵」は,明らかに三人称であろう。
 人以外のものが主語になる場合,自分ないし相手の比喰でない限り,三人称であることは,疑 いをいれない。具体物,抽象物が主語になった例をそれぞれあげておく。

 しょどみ ながはまに
 じかきする とりや
 くちや ぐるぐると
 じかき ぎょらさ

諸鈍(地名)の 長浜に
地掻きする 鳥は
口は 黒々と
地掻きの きれいなこと

*大系353−4頁(奄美大島・遊び唄)

 いきはての どんが

 なりはての ちぢみ
 またがでや ねらぬ
 やねの このをり

[今年]行き果ての
 (最後の)ドンガ(まつり日)
鳴り果ての 太鼓
またと迄は あることのない
来年の この折り[迄]

*大成388頁(同上)

 前者は「地掻きする鳥」が主語であり,後者は「ドンガ」と「太鼓」の2つが主語である。  明らかに三人称でありながら,主語が文句の中に出てこない歌というのはあるのだろうか。い まそれをあげることはできない。

(4)人称が可変的なもの

 これまでみてきた範囲でも,奄美の歌詞の多くは,その主語が可変的だという結論に導かれよ うと思う。その例は枚挙にいとまない。

 ちきのゆる はまうれぃてぃ
 かたでぃしや しなむたでぃ
 かたでいしや なだばのがてぃ

月の夜浜に下りて
片手で 砂を弄び
片手で 涙を拭いて

*大成454頁(奄美大島・遊び唄)

 主語に当たる言葉が除外された例である。よってその主語は「わたし」でも,「あなた」でも, 三人称の「かれ」または「かの女」であっても構わない。

 しまやねんど をぅとがしま

 あわれ をぅなどのこや

 しまやねんど をぅとがしま

しま(郷里)はないよ
 夫のしま[がわがシマだ]
哀れ 女御の子は
[自分の]しまはない
 夫のシマ[がわがシマだ]

*恵原74頁(奄美大島・遊び唄)

 これは,「哀れな女子」が主語と明示された歌である。しかし,これが「自分」のことにもと れるし,「相手」の女性にも,また一般的な第三者にもとることができる。
 以上のような,近代的な文芸観からいえばおよそ主体性の希薄な歌がどうして生まれたのかと いうことになるが,理由は簡単である。何度も繰り返してきたように,奄美の歌は,基本的に歌 掛けによって歌われる。そこで既成の歌詞が利用されるのだが,そのとき,1つの歌詞も歌い手 や聞き手によって様々な解釈が許されるからである。よって主語の人称の可変性は,正にその反 映にほかならないという,きわめて平凡な結論になる。

鵺 叙述形態(命令形,誘引形,願望形など)

 いわずもがなだが,掛け合いで歌われることの多い奄美民謡では,その場に居合わせた人たち に対して自らの思いを表出することが第1の目的となる。その「思い」の内容といえば相手に対 する願望から,世間に起こった出来事の感想まで実に多様である。この章では,自己の思いを表 現するために,どのような叙述形態をとるかを観察することとしたい。

(1)命令形

 歌掛けにおいて,相手に命令をするのはどういうケースが想定されるであろうか。様々な状況 が考えられるが,どうしても度外視できないのが「求愛」「求婚」である。
 かつての奄美では,若い男女が集まるところでは歌が出たし,また歌の出るところには若い男 女が集まったといっていい過ぎではない。特に,歌遊びの席は男女交際の場といってよかった。 そこでは,様々な恋歌が飛び交い,求婚したり,拒絶したり,嫉妬をしたり,別れを悲しんだり, 恋敵をなじったりした。今でも,80歳以上の高齢の人の中には,歌遊びを通して夫婦になったと いう人に会うことができる。こうした恋歌の中に先ず命令形の歌が多いことは自然であろう。

 いしなげれば いじてもれ
 ゆべの やくそくどうり
 いしなげれば いじてもれ

[私が]石を投げたら 出ていらっしゃい
夕べの 約束通り
石を投げたら 出ていらっしゃい

*恵原62頁(奄美大島・遊び唄)

 まがりょ たかちぢに
 ちょうちんぐゎ とぽち
 うれが あかがりに
 しので いもれ

曲がった[峠の] 高い頂に
提灯グヮを 灯し[て待っています]
それを 明かり(目安)に
忍んで 来て下さい

*恵原346頁(同上)

 きもちゃげの かなとぅ
 まんこいしゅん ゆるや
 ふゆのゆの たなげ
 あらち たぽれ

可愛い 恋人と
同衾する 夜は
[夜の長い]冬の夜の 二倍で
あって 下さい

*恵原288頁(同上)

 1首目は,自分のところに来てくれるよう仁という,直裁な命令である。2首目は,「提灯を 目安に」というのはむろん比職であるが,やはり思う相手に対する求愛表現であることは変わり ない。これに対し,3首目の命令する相手は,恋する人ではなく,神的な存在(超常的なものを 仮にこういっておく)に対してである。
 なお,命令形のうちでも否定命令形も少なくはない。

 わったり しゃんこぅと
 いしゃん こぅとや
 いぬちの あるかぎり
 いちも くれるな
 かたても くれるな

私たち二人が したことや
いった ことは
命の ある限り
[他人に]いって くれるな
語っても くれるな

*恵原168頁(奄美大島・遊び唄)

命令形は必ずしも末句に用いられるとは限らない。

まけよまけ くるめかじら

うらが まきたらだな
うっとられて めやぐらぐらと

[他の葛に]巻けよ巻け
 くるめ葛(葛の種類)
お前が 巻き足らなければ
[他のものに]とられて目が グラグラに

*恵原84頁(奄美大島・遊び唄)

くるめ葛に巻くこととは,恋の相手にまとわりつくことの比噛であるが,命令形は冒頭に出て きている。
 以上,恋歌だけをあげたが,もちろん命令形はほかの種類の歌詞にもでてくる。

 ひのきじん ちきぃてぃ
 くぅがねわん ゐしてぃ
 なんじゃはし とぅてぃ
 みしょし たぽれ

槍の膳を 供え
黄金の椀を 据え
銀の箸を 取って
[ご馳走を]召し上がって 下さい

*大成448頁(奄美大島・遊び唄)

 おやがなし おかげ
 これほどに ふでて
 おやのめの ことや
 そそに うめんな

親カナシ(尊称)の お陰で
これほどに 大きくなって
親の前(尊称)の ことは
粗相に 思うな

*大成544頁(徳之島・遊び唄)

 2首目は否定命令形である。
 以上のような命令形が,ほかの地域の民謡や他ジャンルの歌謡にどれだけ用いられているか, 今,私には比較できない。しかし,全国の童歌のなかの,呪歌(唱え歌)的なものには「命令形」 がきわめて多いこと,というよりそれが竜歌の表現にあっては主流であることだけは述べておき たい。
 参考までに奄美の童歌の中から,2例あげておく。

「雨降りを止める」まじない

 あむいご−ご−
 ゆきご−ご−
 てぃんの くるまじ
 はれっ たぽ−れぃ
 はれっ たぽ−れぃ

雨ご−ご−
雪ご−ごー
天が 曇らないで
晴れて 下さい
晴れて 下さい

*大成676頁(奄美大島・童唄)

「打撲傷」を負ったときのまじない

 がぶがぶ いじ−んな
 そがそが いじ−んな
 ひらひら な−れ

腫れ物,腫れ物 出るな
傷跡,傷跡 出るな
平らに な−れ

*大成656頁(同上)

 結論的に奄美の民謡も,古くはこの命令形が主流をしめていたのではないかと,私は考えてい る。それはまだ仮説の段階であることは,いうに及ばない。

(2)勧誘形

「(一緒に)しよう」と誘う形の表現をこう呼ぶ。

 あしでんにょや なきゃとわきゃ
 よれやこぅま よらとぅて
 あしでんにょや なきゃとわきゃ

遊んでみましょう あなた方と私たちで
今宵ここに 寄り合って
遊んでみましょう あなた方と私たちで

*恵原83頁(奄美大島・遊び唄)

 わぬがやの こぅちゃも
 よそしぎさ あしが
 またぐやの したに
 でぃとも しゃびろ

私の家の 小部屋も
他人〔の目〕がうるさく あるので
物置き小屋の 下に
さあ伴を しましょう

*恵原381頁(奄美大島・遊び唄)

 なきゃも あらしゃげて

 わきゃも あらしゃげて
 たげに あらしゃげて
 よさり あしぽ

あなたちも
 あらしゃげて(新たな気持ちになり)
私たちも あらしゃげて
互いに あらしゃげて
夜通し[踊って]遊ぼう

*大成388頁(大島・八月唄)

 命令形ほど直裁的ではなく,また力強さにも欠けるが,命令形に近い効果を持つ。前後の表現 を少し変えれば「命令形」にもなり得る歌詞といってもよい。実際,つぎの2首を比べてみると, このことが分かる。

 こぅんとのち うちや
 にわぴるさ やしが
 こころ うちそろて
 あしで たぽれ

この殿地(屋敷)の内は
庭が広くあるので
心を うち揃えて
[踊って]遊んで 下さい

*大成383頁(大島・八月唄)

 はちぐゎちの せちや
 よりもどり もどり
 ちゅなぬか ななよる
 をどて あしぽ

八月の節は
寄り戻り 戻る(まつり日が行き来する)
ひと七日 七夜
踊って 遊ぼう

*大成387頁(同上)

 1首目の「あしで たぽれ」(命令形)と「をどて あしぽ」(誘引形)をそっくり入れ替えて も,全く自然であることが分かるだろう。  誘引形は命令形の代用だといってはいい過ぎだが,命令形のつぎの段階に生まれた表現形態と はいえないだろうか。


(3)願望形
 「・・・と願う」「・・・して欲しい」「・・・であって欲しい」「・・・させたくない」といっ た,自分または相手,あるいは第三者の誰かにそうなって欲しいという願意を含めた表現を「願 望形」としておく。

 ろくじゅういち もけぇてぃ
 ひちじゅうさん もけぇてぃ
 はちじゅうご もけぇてぃ
 ひゃくさ ねがお

六十一[の年祝い]を 迎えて
七十三[の年祝い]を 迎えて
八十五[の年祝い]を 迎えて
[つぎは]百歳を 願おう

*大成443頁(大島・正月唄)

 うらきらさ みぶさ
 かくれ たまこぅがね
 みれば うなちかさ
 むいや いゃぬ

心切ない [恋人に]会いたい
[世間に]隠れた 玉黄金(大切な人)
会えば お懐かしさ[が増さり]
ものが いえない

*大成339頁(奄美大島・八月唄)

 1首目は「ねがお」と,そのまま表現したもの,2,3首目は「ぶしゃ」あるいは「ぶさ」と 表現したものである。それは末句にくるとは限らず,3首目のように初句に現れるものもある。 願望の対象も,自分自身であったり,相手または第三者であったりする。
 この形もけっこう出てくる形だといえよう。


(4)意志形
 「(自分は)しよう」「・・・させまい」という歌う側の意志をはっきり表したものを 「意志形」とする。

 はなの さきゅり
 みきょやま さくなんや
 せんえんから さちみらん
 はなの さきゅり
 なをそ なおそ
 あけての にさんぐゎち
 わきゃやの にわかち
 なをそ なをそ

花が 咲いている
三京山(山の名)の 谷に
先年このかた 咲いたことのない
花が 咲いている
移そう 移そう
明けての 二,三月に
わが家の 庭まで
移そう移そう

*恵原119頁(奄美大島・遊び唄)

 きびし うやがなし
 あえちきゃさ あしが
 なきゃがやの こぅちゃに
 おとも しゃびろ

厳しい 親カナシが
(私と恋人の)間が近くに いるので
あなたの家の奥の間に
お供してあげよう

*恵原380頁(同上)

両歌詞とも,内容的に強い意志が働いていることが分かる。しかし,言葉の上では「(一緒に) ・・しよう」というという勧誘形と同じになる場合が多い。
例えば,つぎの歌詞がそうである。

 しまじまの きょでんきゃ
 はついきゃど やしが
 またいきゃど しつの
 あらぱ またうがも

島々の 兄弟たち
初の行き会い ですが
また行き会う節が
あったなら また会いましょう

*大成545頁(徳之島・遊び唄)

 「うがも」の部分は「私は会うつもりだ」とも「われわれ一緒に会いましょう」とも,どちら にもとれる。実は,奄美のこの系統のいい方自体が,意志も勧誘も含み込んでいるということに なろう。考えてみれば,国語の共通語も全く同じであることに気づく。


(5)その他,疑問形,反語形,平叙形
 以下,これまでに漏れた表現形態をいくつか列挙する。

 ○疑問形

 むかしくと やしが
 にぞや わしれてな
 わみや なままでむ
 わしり ならむ

昔のこと ですが
にぞ(男からした女の恋人)は 忘れたか
私は 今までも
忘れ られない

*大成554頁(沖永良部・遊び唄)

 あわれさみ うやや
 ぐしょじ いしまくら
 いしまくら しちゅてぃ
 ぬながみ ゆんが

あわれなこと 親は
後生で 石枕
石枕を していて
何を眺めて いるのか

*大成572頁(与論島・遊び唄)

 「わしれてな」のように言葉の末で疑問を表現するものと,「ぬ(何)」といった代名詞で疑問 を表すものとがある。

○反語形

 うまくらの いじて
 むぬいうん なれば
 かながなか わなか
 いやだな うきゅめ

御枕が 出て行って
ものをいうと なれば
恋人の仲と 私の仲を
いわずに おくか[いや,おくまい]

*恵原273頁(奄美大島・遊び唄)

 「・・・め(「み」「むい」とも表記される)」は,反語表現に使われるともに,純然たる疑問 形にも用いられるから注意すべきである。例えば,

 くるがね ひぱしや
 もできり さねきりしゅり
 かなしやる ゐんぐゎの
 きりが なりゅむぃ

黒金の 火箸は
ひねりり切ったり ねじ切ったり[できる]
愛しい 縁グワは
切ることが できようか

*大成462頁(同上)

と,恐らくこの文句では「できようか,いや,できない」という反語表現であることは間遮いな いが,単純な疑問形として解釈できないこともないのである。これも考えてみるに,国語の共通 語における反語と疑問との関係と全く同じことが明らかである。

 ○その他
 これに推量形,否定形,平叙形等々を加えなければいけないが,ここには特にあげない。

 以上,様々な表現形態をみてきたが,全体に願意を含む表現に重点をおいたことは否めない。 「ウタ」の語源は「訴える」である,という説をそのまま信ずるわけではないが,唄の機能の一 つが,自分の思いを他者に訴えることである,という考えを再確認したかったからにほかならな い。いわんや,何度も繰り返すように奄美は歌掛けが広く,深く行われた地域である。そのこと と願意の表現が密接に結びついているということである。

鶚 上の句と下の句の関係

 奄美民謡の歌詞の詞形については最初にも述べたが,88調などの2句体歌詞は除いて,上の 句と下の句とから成り立っていることは明らかである。このことは,正に日本伝統歌謡の性格を そのまま有しているといえる。
 先掲,土橋寛は,古代歌謡における上の句と下の句(氏は前句,後句という)の問題に触れ, つぎの三つの性格をあげられた。

  • 一首の歌は,ほぼ同じ長さの前句と後句から成り(これがのちに和歌の上句と下旬になる), 曲節の面からいうと,前・後句は同じ曲節で歌われる(曲形AA)のが原則である。
  • 前句では主題(自然の景物,または人物)を提示し,後句でこれを説明する。いわゆる序 詞を含めて,寄物陳思的発想法は,その独詠法における変形にほかならない。
  • 前・後句は,一部の語句を繰り返すことによって連携・統一される。*3

 奄美の歌の場合も,大方の点で合致するといえよう。しかし,奄美には奄美の独自な性格があ ることも事実で,土橋説を参考にしながらも,それに捕らわれることなく,奄美民謡における上 の句と下の句が,表現上どういう関係にあるかみていくことにする。

 なお,私自身のこれまでの研究でいえば,土橋説に導かれて,詞形的に上の句と下の句の関係 がどうなっているかを分析し考察したことがある*4そこで,上の句と下の句は,当初歌 掛けの場で別人によって歌われていたものが,いつか一人で歌われるようになったという結論を 得た。
 そこで出てくる問題は,上の句と下の句は必ずセットになって−つの歌詞としてなりたつもの か,あるいはもともと上の句,下の句という意識はなくてそれぞれの句が一人で歌う独立した歌 詞として成り立つのか,ということである。土橋寛は明らかに前者の立場に立つが,私は奄美民 謡の実際を観察してきた経験から,後者の立場をとってきた。
 前おきはこれくらいに,上の句と下の句との関係を3ケースに分けて考えてみよう*5


(1)上下句問答体
 上の句と下の句が問答になっているといえば,見方によれば全ての歌詞が該当するともいえる。 しかし,ここでは自問自答と考えられるような問答体はこれにいれず,上の句下の句それぞれの 主体が全く別個である歌をこう呼ぶことにする。

 だっちが いもゆる
 いるじる むぇらぶぃ
 はんむぇの たらだな
 はんむぇ とうりが

(上)何処に いらっしゃるのか
   色白の 娘さん
(下)飯米(食べ物)が 足らなくて
   飯米を 取りに[行きます]

*大成461頁(奄美大島・遊び歌)

 この歌は,今は「色白女童節」とか「飯米取り節」といわれる遊び唄として歌われるが,古く は焼き畑のために草を薙ぐときの仕事唄であったといわれる。その畑でできるのは当時主要な飯 米(食料)であった芋が主な物である。その仕事には,おそらく若い男女が参加したはずで,こ んな問答歌が生まれるのはきわめて自然である。

 むかしぐとぅ えしが
 うれや わしりたみ
 わぬや いちまでぃむ
 わしり ぐるしゃ

(上)昔の ことですが
   あなたは 忘れてしまいましたか
(下)私は 何時までも
   忘れ 難い

*大成572頁(与論島・遊び歌)

 8886の琉歌調歌詞の例をあげてみた。かつて,独立して歌われていたとするなら,4句目 も8音になっていたと考えるべきだろう。私は,上下句が合体した当初は,8888調詞形であっ たと想定している。

 うむぃにししゅ
 だっちが いもゆる
 うむぃにししゅ
 はないけが
 いそかな はかかち
 はないけが

(上)うめにし主(人名・尊称)
   何処に いらっしゃるのか
   うめにし主
(下)花活けに
   いそ加那(女性名・愛称)の 墓まで
   花活けに

*大成460頁(奄美大島・遊び唄)

 これは 鵺 にもあげた「物語歌」というべきもので,実際に梅仁志主と誰かの間で,こんな問答 歌がやりとりされたとは考えていない。歌を通して頻繁に問答が行われたことの反映だと思われ る。
 もう1例あげる。

 いきゅんにゃかな
 わきゃくぅとぅ わすれて
 いきゅんにゃかな
 うったちや うったちやが
 いきぐるしゃ

(上)行ってしまうの加那
   私のことなど 忘れて
   行ってしまうの加那
(下)うっ発とう 発とうとしますが
   行くのが苦しいのです

*大成458頁(奄美大島・遊び唄)

 58585調5句体歌詞で,585が上の句で,85が下の句である。奄美では最もよく知ら れた遊び歌「行きゅんにゃや加那節」の打ち出しの歌詞である。上下が歴然とした問答になってい るので,歌い手もどうして−人の人が歌うのか疑問を呈する人が少なくない。なお,いきゅん 曲も詞形も本土の数え歌が変化して出来たことがほぼ実証されているため,上,下で掛け合いを した可能性も考えられないのである。結局,上下で問答をした古い記憶が,こんな形で残ったの だとしかいえないのである。
 これまであげたのは純然たる問答体の歌詞だが,自問自答か,自問他答かの境界にある歌詞も あげておこう。

 みきょと いしきる

 ぬぬなさけ あたんが
 よごれがさ むしろ
 しちゃる なさけ

(上)三京(地名)[の人]と
   石切留(地名)[の人との間に]
   何の情けが あったのか
(下)よごねがさ(植物名)を 筵にして
   同衾した 情け[があったのだ]

*大成527頁(徳之島・遊び唄)

 わったり だんごぐゎしゅて
 かさんかち ひんぎろや
 かさんかち ひんぎれぱ
 ぬばかで くらすかや

私たち二人 談合して
笠利まで 逃げようよ
笠利まで 逃げたら
何を食べて 暮らそうか

*恵原372頁(奄美大島・遊び唄)

 特に2句目は,今は奄美全域で歌われているが,徳之島発祥とされる遊び歌「ちゅっきゃり 節」の文句である。この唄の場合,地域によっては,今でも甲乙複数の人が,2句体ずつ分けて 歌う傾向があり,上下が問答体になることは必然だったともいえる。
 私は,奄美の民謡ではこの問答体こそ,最も初源的な形でなかったかと考えている。


(2)上の句.,下の句各句独立体
 この章最初にあげた土橋説は,古代歌謡の上の句下の句それぞれ独立の意味を持ち,形式的に 句切れによって独立している,ということである。奄美民謡における短詞形歌詞もその例外では ない。ただ独立性の度合いということからいえば,上下句分けても,それぞれ全く独立した−つ の内容を表現しうるものと,上下が接続助詞などで強い連結を持ち,上下併せて−つの意味を持 ち得るものとに分かれる。前者を,とりあえず「独立体」と呼び,後者を「連続体」と呼んで, 例示することとしたい。

 先ず,独立体をとりあげる。(1)にあげた問答体も,いってみれば独立体といってよいもの だが,ここでは重複を避ける。
 そこで,いくら上の句,下の句が独立しているとはいっても,1首として存在している以上, 一つの世界を作っていることは明らかである。そこに意味上,どんな関係にあるか,いくつかの パターンをあげておこう。

 ○上の句・下の句の内容が対比関係にあるもの

  みやま いりくめば
  まくるじに まいふれる
  たむら いりくめば
  みわらべに まいふれる

(上)深山に 入り込めば
  真っ黒な土に 迷い惚れる
(下)他村に 入り込めば
  女童(娘)に 迷い惚れる

*大成528頁(徳之島・遊び唄)

 はななれば におい
 ゆだむちや いらぬ
 なりふりや いらぬ
 ひとや こころ

(上)花ならば 匂い[が大切]
   枝振りは いらない
(下)形振りは いらない
   人は心[が大切]

*大成395頁(大島・八月唄)

 前者は上下句が対句の関係になっている。後者はそうではないが,「花」と「人」を対比させ た歌詞といえる。

○上の句で主題を提示,下の句で説明したもの

 ながあむぃ きりあがてぃ
 うきや とぅれぃどぅれぃとぅ
 うきや とぅれぃどぅれぃとぅ
 ななはなれ にゃゆり

(上)長雨が 切り上がって
  沖が 凪ぎ凪ぎと[している]
(下)沖が 凪ぎ凪ぎと[して]
  七離れ(七島)が 見える

*大成482頁(大島・遊び唄)

 やちゃぼうちば やちゃぼう

 しまのねんや やちゃぼう
 やちゃぼう きもちゃげさ
 やまの そだち

(上)やちゃ坊(人名・愛称)といえば
  やちゃ坊
  しま(故郷)のない やちゃ坊
(下)やちや坊は 可哀想だ
  山の 育ち[をしている]

*大成485頁(大島・遊び唄)

○上の句で条件提示をし,下の句がその結果であるもの

 わぬや なまわらべ
 うたのみち しらぬ
 さきうまれ うれし
 なろち たぽれ

(上)私は 今は子供
  唄の道は 知りません
(下)先に生まれた あなたが
  習わせて 下さい

*大成583頁(与論島・遊び唄)

 おやの なちうちど
 このあかさ みゆり
 かみをがも よりも
 わおや をがも

(上)親が[私を]生んでくれたので
  この世間を 見ることができる
(下)神拝み よりも
  わが親を 拝もう

*大成376頁(大島・八月唄)

 これ以外のパターンもあるのは当然である。(1)の問答体もここに入れようとすれば入れて も不自然ではない。いずれにしても,上の句・下の句独立体はつぎに示す,連続体よりは先行す る表現法であることはゆるぎないことである。


(3)上の句・下の句連続体
 共通語でいえば,上の句と下の句が「・・・は」とか,「・・・すれば」「・・・ので」「・・・ だが」「・・・にもかかわらず」といった格助詞,接続助詞などで繋がっている歌詞をこう呼ぶ。 大きく,上の句が主部で,下の句が述部である形と,上の句で条件を提示し,下の句で結果を表 現するといった形がみいだせる。まず前者の例からみてみる。

 A 上の句が主部,下の句が述部の関係

 しょどん ながままに
 うちゃげひく なみや
 しょどん みやらべの
 めわれ しわれ

(上)諸鈍(地名)の 長浜に
  打ち上げ,引く 波は
(下)諸鈍の 女童(娘)の
  目笑い 薄笑い(しているようだ)

*恵原206頁(奄美大島・遊び唄)

 くじゅうぐの よるむ
 かよたしが わみや
 かよて しのばらぬ
 あくま うなぐ

(上)九十九の 夜も
  通ったが 私は
(下)通って 耐えられない
  悪魔[のような] 女だ

*大成568頁(沖永良部局・遊び唄)

 この例は意外にも少ないといえる。

B 上の句が条件提示,下の句がその結果である関係

 このとき,上の句と下の句が順接の関係にある場合と逆説の関係にある場合とに分けられる。  ここでの順接とは,上の句に示された条件に対して,下の句の結果が,予想していたとおりに, あるいは予想に反しない表現で繋がることをいう。対して,逆接は予想外の結果になることであ る。

 ○順接の場合
 上の句の条件に対して,下の句の結果が予想通りに繋がるケースである。

 ぐゎんじつの しかんま
 あきほうむかてぃ みれぃば
 あがれ たかやまに
 つるの まゆり

(上)元日の 朝に
  明き方に向かって 見れば
(下)東の 高山に
  鶴が 舞っている

*大成441頁(大島・正月唄)

 いきやなよかりまも
 ちゅくすぇやあしが
 こころあさかすいが
 わみの ちゅくすぇ

(上)どんな よい馬も
  一癖は ありますが
(下)心 浅いのが
  我が身の 一癖

*大成474頁(大島・遊び唄)

 ○逆接の場合

 あだねぃやま やきゅそ
 ししやちゅら みりば
 ししや あやびらん
 ましゅどぅ たちゅる

(上)阿旦(木の名)山で 焼いているのは
  獣を焼いているのかと 見れば
  獣では ありません
  真塩を 炊いているのです

*大成426頁(大島。八月唄)

 むぃまゆ うちそろてぃ
 うまれてぃや をうてぃも
 なきゃふらす むぃまゆ
 むたぬ しぬき

(上)目眉うち揃って
  生まれてはいても
(下)あなたを惚れらす目眉を
  持たないのがつらい

*大成475頁(大島・遊び唄)

 ゆるんてゅる しまや
 いにくさや あしが
 なぴの すぐなかに
 ぐくの たまる

(上)与論という 島は
   小さく ありますが
(下)鍋の 底の中に
   五穀が 溜まる[ほど裕福だ]

*大成574頁(与論島・遊び唄)

 前項「独立体」のところで,「上の句で条件を提示し,下の句でその結果をしめす」例をあげ たが,実はこの関係も順接と逆接とに分けられる。いわば,上の句の末句に,接続を示す語句が 入っているかどうかというそれだけの違いにすぎない。
 以下の歌詞はもともと沖縄で盛んに歌われる系統の歌詞だが*6 、与論島で採集された2首をみてみよう。

 きゅうの ふくらしゃや
 なをにぎゃな たてる
 つぼでぃをぅる はなの
 つゆぎゃた ぐぅとぅに

今日の 誇らしさは
何に 譬える
蕾んでいる 花が
露にあった ごとく

*大成592頁(与論島.遊び唄)

 きゅうの ふくらしゃや
 なほいじゃに たてぃてぃ
 ちぽりたる はなや
 きゅうどぅ さちゃる

今日の 誇らしさは
何に 譬えるなら
蕾んでいる 花が
今日こそ 咲いた[ようだ]

(同上)

 1首目の上の句は,「たてる」といい切り,完全な独立体である。それに比べ,2首目の上の 句は「たてぃてぃ」と,下の句に連続しようとしている。私には,前者の方が古い形と思われる。 「独立体」が古い形か,「連続体」が古い形か,先にも少しく述べたように詞形や曲節の分析に よっても,独立体がより古いことが明らかだが,表現構造からみてもそのことは確認できるであ ろう。

鶤 レトリック(比嚥,対句,頭韻)

 以上Iから 鶚 までのことを明らかにすれば,本稿の目的である奄美民謡として歌われる歌詞の 表現構造を確認する目的はほぼ達せられたと思うが,最後に奄美民謡に頻出する3つのレトリッ クについても述べておく。
 レトリックという外来語は,修辞法とか,美辞法と訳されている言葉だが,ここでは歌掛けの なかで,「自己の思いを効果的に相手に訴える方法」と定義しておきたい。


(1)比喩法
 奄美の歌では,森羅万象あらゆるものが比嶮の対象になっている。比嶮のない奄美民謡は,ワ サビのない寿司のようなものだといってもよいだろう。
 ここに,比嶮法が使われているかどうかを基準に,2つの歌詞を比較してみる。

 たるも よそのうぃや
 あきのよの さやか

 わみの よしあしや
 やみじ ごこる

誰も 他人の上[の良し悪し]は
秋の夜の [空を見るように]
 はっきり[見える]
わが身の 良し悪しは
闇路[でものを見る][ような]心

*東原義盛著「奄美の島唄(定型琉歌集)」(奄美大島・遊び唄)

 よそのうぇの きじや
 よそのきずと もんな
 わみの よしあしや
 さだめ ぐるさ

他人の上の 欠点は
他人の欠点と 思うな
わが身の 良し悪しは
定め 難い

*同上書388頁(同上)

 内容的には両者は同じものである。考えの深さからいえば,後者の方が深化しているといえ るかもしれない。しかし,比楡のないこの歌詞(厳密にいえば「きず」も比喩のひとつである) は,理屈だけが勝って,味わいや訴える力仁では前の歌詞に劣るとはいえないだろうか。
 ところで,比嶮にもいろいろなタイプがある。明職,暗嶮,換嶮,提嶮,調嶮の順に例をあげ る。

 ○明喩
 何かに醤えたということが明らかであり,最も分かりやすい比嶮法ではあるあが,それほど多いとはいえない。

 きゅうの よかりひに
 めおと まぐわいて
 すごもりの さかえ
 つるの ごとに

今日の よい日に
夫婦が 一緒になって
巣髄もりの 栄え
鶴の ごとくに

*大成445頁(大島・行事唄)

 さみしるの みじる
 わらびとじ ぐくる
 なかじるに うしや
 すだる くくる

三味線の 女弦(一番細い糸)
幼な妻 心(ごときもの)
中弦を 押せば
染まった(一緒になった)心

*大成557頁(沖永良部・遊び唄)

 2首めのように,歌詞の中に仁ころ」と出てきた場合は,多く「・・・のようなもの」と 解される。
 ついでではあるが,奄美の歌詞の中に,この「心」が出てくる三段謎的な歌がいくつかあるの で,その−首をあげておこう。「・・・と掛けて何と解く」「・・・と解く」「その心は・・・・」 という形が−首に見事に収められられている。

 りんきしゅる をぅなぐ
 なちはぶぃら ごころ
 ともしびに うばてぃ
 わがみ とぅりゅり

惰気(嫉妬)する 女御は
夏の蝶 心(ごときもの)
灯し火に 奪われ
わが身を 殺す

*大成488頁(大島・遊び唄)

 「格気する女と掛けて何と解く」「夏の蝶と解く」「その心は,灯火に飛び込んでわが身を落と す」ということになる。

 ○暗喩
 比嶮であることを明示しない方法である。奄美民謡ではこれが主流である。このタイプの比嶮 なら,たちどころに何百首でも探し出すことができるであろう。

 たじご たまじるの
 むぃまよびき みれぃば
 すぃりこざき とぅぴゅる
 いきゅんぬ むぃまよ

龍郷の 玉白の
目眉引きを 見れば
すりこ崎を 飛んでいる
いきゅん(鳥の名) 目眉

*大成466頁(奄美大島・遊び歌)

 ○提喩
 一部をいって全体を表すか,全体をいって−部を表現する方法である。

 うてばてば うてば
 うしのこど うちゅる
 ことしよや かわて
 うまんこど うちゅる

打てば,てば 打てば
牛の皮[の太鼓]を 打つ
今年世が 変わって
馬の皮[の太鼓]を 打つ

*大成531頁(徳之島.行事唄)

 「牛の皮」「馬の皮」は太鼓の−部である。これを打つというだけで,聞く人には分かったの である。

 しろじぎん きちゅて
 みとしとゆん ゆるや
 こころから しがた
 わかく なゆり

白着物を 着て
新しい歳をとる 夜は
心から 姿も
若く なるよ

*大成528頁(徳之島・行事唄)

 「しろぎん(白い着物)」というのは,白色の,しかも新品の着物の総称である。死人も着る 着物だが,このときばかりは聞く人は,正月のために新調した芭蕉衣を思ったはずである。全体 をいって,一部を表現した例である。

 ○換喩
 あるものを表現するのに,それと関係ある物やことに換えていい表す方法である。

 なくななげくな
   いちぶのしょんじょしゅ
 なんとぅじの みのかなすぇや
 つぃもり ありょてどぅ
 にぎゃうしゅ みしょし

泣くな嘆くな 伊津部(地名)の俊良様

あなたの妻の みの加那姉は
宿命が あったので
苦い潮を 飲まれた

*大成476頁(奄美大島・遊び唄)

 「苦い潮を飲んだ」というのは「海で死んだ」ことの換喰である。このほか海で死んだことを 「海の肥になる」とか,死ぬことを「骨を散らす」といい換えた表現が歌の中に出てくる。

 なみや ながくらし
 すぃれよ たまくがね
 わぬや わがくらし
 すぃらんば きゃしゅり

あなたは あなたの暮らしを
しなさいよ 玉黄金
私は 私の暮らしを
しなければ どうするか

*大成493頁(奄美大島・遊び唄)

 この「玉黄金」は,恋人の意味にも,親の意味にも,子供の意味にもとられる。とにかく玉黄 金のように尊く,愛すべき人間に対しての呼称といえよう。
 これらはその場で表現された語句というより,慣用的なものだといってよい。しかし,日常的 にはほとんど使われない,歌のための非日常的な言葉だとはいえるだろう。

 ○調喩
 ことわざや寓話のように,その内容全体が何らかの讐えを示しているものである。

 ゆだんしんな はねぐるいゅ
 いきゃの なまゆどぅじゃんが
 ゆだんしんな はねぐるいゅ

油断するな 羽黒魚
烏賊の 生餌じゃないか
油断するな 羽黒魚

*恵原88頁(奄美大島・遊び唄)

 羽黒魚は,和名では「しいら」のことだが,この歌では青年を譬えたもので,生餌は生娘のこ とである。「可愛い娘をほかの男性にとられないように,油断するなよ」というのが本当の意味 である。

 ぱなや いくぱなん
 さちみちゃん えしが
 ぱなや むとばなの
 じゅとや いかじ

花は 何度かの花を
咲かせてみた のですが
花は 元の花の
ようには いかない

*大成596頁(与論・遊び唄)

 「何度か成功したが,最初の成功の喜びに勝るものはない」ということだが,「花を咲かせる こと」を「結婚する」ことの醤えにとって「いくどか結婚したが,最初の結婚に勝るものはない」 と解釈するのが自然と思われる。
 以上,奄美民謡における比噛的表現をみてきたが,その豊かさが実感される。


(2)踏韻
 日本の古代歌謡から口承の民謡,童歌まで,韻を全く踏まない文学こそきわめて少ないといえ るだろう。奄美民謡も例外ではなく,むしろ頻繁に行われているといったほうがよい。
 ここに思い起こさなければならないことがある。鵺 の章のはじめに,古代歌謡における上の句 と下の句の問題について土橋寛説を引いたが,その3の「前後句は,脚韻式繰り返し又は尻取式 繰返し仁よって統一,連絡される」という箇所である。
 頭韻は強調や余情を表現するのが一番の目的であるが,前後句の接続という第二義的な意味を 有していることも看過してはならない。奄美民謡の場合もそれは当てはまるからである。  頭韻法,脚韻法の順でみていく。

 ○頭韻

 うたかわそ かわそ
 ふしかわそ かわそ
 うたの かわればどぅ
 ふしも かわる

歌を変えよう 変えよう
節(曲)を変えよう 変えよう
歌が 変わればこそ
節も 変わる

*大成409頁(奄美大島・八月唄)

 1句目と3句目の「うた(歌)」,2句目と4句目の「ふし(節)」と,上の句,下の句均衡に 韻が踏まれている例である。まさに,頭韻が上の句下の句連絡の役割を果たしている,典型的な 例だといえるだろう。

 はるかたりち ちぁんてん
 はるの かたらゆめ
 てやんぶい ふかば
 わぬち うもりよ

[私が行く]野原を教えよと いっても
[その]野原を 教えられようか
手口笛を 吹くから
[それを]私と 思いなさい

*大成537頁(徳之島・行事唄)

 これは,1句目と2句目にだけ表れているものだが,むろん3句目と4句目だけに頭韻されて いる例もある。それらは純然たる強調,余情表現である。

 ○脚韻
 前,頭韻にあげた1首目の歌詞も,1,2句目に出てきた「かわそ(変えよう)」は脚韻であ る。この踏韻も,上の句下の句連結に機能していることは明白である。

 いきゅる しらくもに
 はしかきの なゆめ
 うゆばらぬ かなに
 てかき なゆみ

[空を]行く 白雲に
橋架けが なろうか
及ばない 恋人に
手掛けが なろうか

*大成318頁(奄美大島・仕事唄)

 これも,上の句下の句それぞれの末句に踏韻が表れた歌詞である。このケースが最も多いこと は,奄美の民謡が古代歌謡的要素を十分に持っていることにほかならない。例示は省略するが, 1.2句,ないし3.4句に韻が踏まれている例もふんだんにある。
 頭韻,脚韻,いずれにしても上の句下の句を結びつける重要な役割を持っているということだ けは,念を押しておきたい。


(3)対句
 最後に奄美民謡における対句を問題とする。これも,上の句下の句がそっくり対句になってい る形と,1.2句あるいは3.4句が対句になっている歌詞とに分けられる。(2)の脚韻法に 引用した歌詞も上・下対句形だが,同じ形のものをもう1首例示する。

 かくれとる うちや
 かくれみち いもれ
 よそしれて からや
 まみち いもれ

(上)隠れている 間は
  隠れ道を いらっしゃい
(下)他人に知れて からは
  真道を いらっしゃい

*大成402頁(奄美大島・八月唄)

 つぎに後者の例をあげよう。上の句,1.2句のみが対句になった歌詞である。

 しちまち みしょり
 とぅきゆまち みしょり
 ちぶりたる はなの
 さちゅる までぃむ

節を待って 下さい
時の世を待って 下さい
蕾んでいる 花が
咲く[時] 迄も

*大成605頁(沖永良部島,与論島・遊び唄)

 前者を踏韻のうえからみるなら,1.3句の「や」,2.4句の「いもれ」が脚韻である。韻 とともに対句も立派に上の句と下の句を連結する機能をもっているのではないだろうか。
 なお,後の歌詞における1.2句の対句はほとんど同じ意味の言葉をいいかえて念を押してい るという意味で関心がある。これこそ,奄美,沖縄の叙事系の歌謡(神唄や「おもろさうし」な ど)に特有の対句だからである。私はそれらの影響だと考える。
 対句の問題は,実は奄美,沖縄歌謡の成立に及ぶ重要な問題であることを,いわなければなら ない。対句は,今も少し触れたが,首里王朝が残した「おもろさうし」をはじめ,南島全域に伝 承される神唄(事柄を歌っていく叙事歌が多い)や,近年の民謡,童歌にまでにけっして欠かす ことのできないレトリックの一つである。
   そこで南島歌謡の研究においては,いつのころからか短詞形の叙情歌謡と長詞形の叙事歌謡に 分ける方法がとられるようになり,どちらが古く,どちらが新しいのかという議論が姦しくなさ れてきた。このとき,対句をどう位置づけるかということが重要な鍵の一つになったのである。  南島歌謡を対象とする多くの研究家は,長詞形叙事歌謡先行説をとったが,その根拠の一つは, 対句は本来,念を押しながら事柄を叙していく,いわゆる叙事歌謡と不可分のものであって,そ れが後に短調形の叙情歌にも入っていった,ということを強調された。

 これに対して,私は短詞形叙情歌謡も,長詞形叙事歌謡も,想像以上に長きに渡って併存して きたのではないかと考えてきた側である。そこで,対句が事柄の表現だけではなく,思いの表現 にも使われることは,童歌の分析などでも十分に立証してきたつもりである。もちろん,2種類 の歌謡の間に影響しあう関係が頻繁にあったことは疑いの余地がないが,短詞形歌詞の中にも多 くの対句がでてくることを考えると,叙事歌謡の先行をいうことは当たっていないと確信するの である。

まとめ

 これまでの私の奄美民謡研究を省みると,短詞形歌詞の詞形や歌唱形式については熱心に研究 してきたことは事実だが,表現の問題についてはほとんどやってこなかったことに思い至る。今 回それを試みた結果,遺漏多きことは十分に承知している。しかし,歌掛けの場で歌われてきた ことが,表現構造に深く関わっているということだけは改めて確認することができた。思えばあ まりにも当たり前の結論だが,そのことを確認するためにいく首かの歌詞を吟味する作業は,けっ して無駄ではなかったと思う。

 最後に,今は亡き土橋寛先生から受けた学恩は言葉でいい表せないが,今回も多くの影響を受 けた。感謝を捧げるものです。<2002年1月5日脱稿〉


*1 拙稿「奄美民謡における詞形・曲形・反復形の変遷」(「南島史学」17号1981)等
*2 「古代歌謡の生態と構造土橋寛論文集中」(塙書房昭和63年刊)46頁
*3 註2の著書,298頁
*4 註1の論文および,「琉球古典音楽における上句下句構造」(「沖縄文化研究」13号1987) 
*5 註2の著書にあっても,上の句下の句の対立関係を,a問答形式,b主述形式,c寄物陳思 形式,d転換形式,e対照形式,fなぞ形式,gその他に分けて論述されている。奄美民謡に もこれが適応されることはもちろんであるが,私は3つに分ける方法をとった。
*6 沖縄の古典音楽「かじやで風」に特有の歌詞(筆者は本学教授・研究所長)
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Last-modified: 2013-04-05 (金) 12:03:17 (2024d)