奄美民謡と本土民謡の類似詞形

小川学夫

地域・人間・科学
1998年3月第2号抜刷
鹿児島純心女子短期大学
地域人間科学研究所

奄美民謡と本土民謡の類似詞形

SIMILAR VERSE FORMS IN THE FOLK SONGS OF THE AMAMI ISLANDS AND JAPANESE MAIN LAND

キーワード
日本民謡  The folk songs of Japan
奄美民謡 The folk songs of Amami lslands
近世小歌調 The Verse Form of Kinsei Kouta
琉歌調 The Verse Form of Ryuka.

小川学夫

目次

凡例

(1)詞章引用に当たっては出所を明らかにしたが,表記方法は断りのない限り下記のように改め た。
 奄美,沖縄の歌の場合,1番左に歌詞とハヤシコトバ,間投辞等を,原文の行とは無関係に 細かい句に改行して掲げた。歌詞は平仮名,ハヤシコトバ,間投句等は片仮名で表記した。次 に共通語訳をカッコでくくり示した。訳は原文にあるものはそれを尊重し,小川が付した。な お,引用に当たっては,ハヤシコトバや歌詞反復を省略し,歌詞だけを取り出したものもある。 本土の歌の場合,詞章表記については奄美,沖縄にならったが,カッコには原文にあった漢字混じり平仮名,あるいは片仮名をルビをとって入れた。それ以外は,奄美,沖縄の場合と同 じ。

(2)詞章の音数を必要に応じて掲げた。ここで問題になるのが,特に奄美,沖縄における「ん」 の処理だが,実際には「ん」を1音として歌う場合と,拗音のように前の語と合わせて1音で 歌う場合があって確定は難しい。そこで本稿では,「ん」はすべて1音と数えたが,そうでな い場合もあるということを注意するために★を付した。カッコのなかは細部律だが,これも必 要に応じて記した。

(3)必要に応じて詞章の各行に①②③………と番号を付した。

(4)引用文献の著者,発行所,発行年等は註で示したものもある。

はじめに

 奄美民謡*1の基本的な詞形は,沖縄と共通の八八八六調,いわゆる琉歌調といってよい と思う。この詞形がどのような経過で生まれたかについては諸説あって,まだ学会全体が認めう る定説は現れていない。私は,先ず歌掛けと深いつながりがあること,ついで本土の七七七五の 近世小唄調詞形ともどこかでつながっていたはずだという考えをもってきた。私自身,前者歌掛 けとの問題については,すでにいくつかの拙論*2で考え方を述べたことがあるが,後者の 問題については,ほとんど発言したことはない。つまり,確証をつかめないままに今まで来てし まったということになる。同時に本土民謡と奄美民謡の詞形を比較するという,大切な基礎作業 もやってこなかったことに気づくのである。

 本稿はその初めての試みである。後半では八八八六調と七七七五調の問題に言及するが,前半 では奄美民謡に出てくる詞形といくぶんでも類似したものがあれば,直接的な関連のあるなしを 問わず,とりあげてみることとした。

 ここで本土民謡の詞形を扱う際,参考としたのは,町田亮章氏が「日本民俗学大系14 口承文 芸」(平凡社1959年)に寄せた論文「日本民謡の詞曲形態から見た時代性と地域性」と,浅野 建二箸「日本の民謡」(岩波書店1966年)のなかの「V 詞形について」の章である(以降, 町田論文,浅野論文という)。日本民謡の詩形に関して、その後これらを凌駕する論文が現れて いるかどうか,未見であるが,この2論考が現行民謡からとった豊富な資料をもって,多種類の 詞形を掲示してくれたという点では,きわめて貴重なものだといえる。

 町田論文では,以下の順序でそれとそれから派生した詞形が扱われている。

 五五調
 五七調
 七五調
 七七調
 七七七五調

 また,浅野論文が扱ったものは,以下の詞形が主たるものである。

 五五調
 五七調〈五七七〉
 五七五調
 五七五七七調
 七五七五調
 七五五七四調
 七七調 〈七七七七〉
 七七調クドキ
 七七七五調

 なお,両論文には歌詞の反復の問題にもかなりの比重を以て言及されている。これが奄美民謡 と比較するうえでも,きわめて重要なことはいうまでもない。
 ただ,日本民謡とはいっても,前者は奄美,沖縄の民謡をすっかり落としているし,後者もほ んのわずかしか扱っていない。本稿はそれを補う意味でもいくぶんなりとも意義あるのではない かと考えられる。
 では,2論文の順序に添って,類似詞形の比較を行うこととする。

1.五五五五調詞形

 五五調というとき,五五連続調と五五調2句体ないし五五五五調4句体詞形が考えられるが, 奄美民謡には五五五五調4句体歌詞が存在する。奄美大島の八月歌*3のなかで「あじそえ ん」「あじそえ」また「シンクルメ」等といわれている歌である。
 ここに奄美大島,笠利町大笠利地区の「あじそえん」の歌詞をあげてみると,

あじそえんが
みふねやよ
となかぬり
じゃしゅらぱよ

なみやうち
そえてきゅり
かぜやまんま
まともかや

あのはまに
まんきょたさ
このはまに
まんきょたさ

あのはまに
つけるかや
こんはまに
つけるかや

かさんぱまに
つけるかや
くるはまに
つけろかや

(あじそえんの)6音★
(船は)    5音
(渡中に乗り) 5音
(出せば)   5音

(波は打ち)  5音
(添って来る) 5音
(風は真ん中を)6音★
(まともかや) 5音

(あの浜に)  5音
(招きたい)  5音
(この浜に)  5音★
(招きたい)  5音★

(あの浜に)  5音
(着けよう)  5音
(この浜に)  5音★
(着けよう)  5音

(笠利浜に)  6音★
(着けよう)  5音
(辺留浜に)  5音
(着けよう)  5音

[八月踊唄大笠利]*4

 この5首のうち,3,4,5番目の歌詞は,整序された五五五五調であることが分かる。しか し,1首目と2首目は単なる字余りというのではなく,音数律の確定に無理があるといわなけれ ばならない。
 つまり,1首目の3,4句,および2首目の1,2句部分は,

 となか/ぬりじゃしゆらぱよ(3+7音)
 なみや/うちそえてきゆり(3+7音)

とするのが句切れとしては自然なのである。とすれば,1首目は五五三七調,2首目は三七五 五調とするのが正しい。しかし句切れの不自然さを無視すれば,五五五五調を歌うべきこの曲で も,難なく歌えるわけである。

 もと歌*5的な1,2首目の歌詞を亜流扱いすることは,いささか気になるが,「あじそ えん」の曲自体は純然たる五五五五調歌詞を歌うべき歌であり,1,2首目の方があとから加わっ たものだと考えられる。
 ついでながら,地域によってこの曲で八八八六調に近い歌詞が歌われることも述べておきたい。

 ・笠利町宇宿の「あじそい」

 あじそいぬ ふれぬ
 となか ぬりじゃすぱ
 なみや おしそい
 はりゅる きょらさ

(あじそいの船は) 8音
(渡中に乗り出せば)8音
(波が襲い)    7音
(走るきれいさ)  6音

「八月踊りの唄」P38[註6]*6

 本土民謡に目を移すと,町田,浅野両論文にあげられた五五調を含む詩形の歌詞には次のよう なものがある。

 ・新潟県堀之内町の「盆踊り唄大の阪」

 おおのざか
 ななまがり
 こまをよくめせ
 だんなざま

(大の阪)    5音
(七曲がり)   5音
(駒をよく召せ) 7音
(旦那さま)   5音

「町田論文」P146

 ・菅野真澄「鄙の−曲」所出の南部宮古海岸の「八月踊り唄」

 おおのさか
 ななまがり
 なかのまがりに
 ひをくらした

(大の坂)    5音
(七曲)     5音
(中の曲に)   7音
(日を暮らした) 6音

「町田論文」P147

 ・岩手県旧南部領内の祝い歌「御祝い」

 ごいわいは
 しげければ
 おつぼのまつも
 そよめく

(ご祝いは)   5音
(しげければ)  5音
(おつぼの松も) 7音
(そよめく)   4音

[浅野論文P110]

 のごとく,四句体歌詞の3句目が7音か8音になっていて,いずれも完全な形の五五五五調4 句体ではない。

 この五五調について浅野論文は「定型律として最古のものとされる五五調は,「あなにやしえ をとこを」「あなにやしえをとめを」というイザナギ・イザナミニ柱の神の唱和に始まるが,そ の後はほとんど歌謡の世界に見られない詞形である」といい,町田論文には「五五調というのは 古代歌謡にもない形態だというが,歌いものとしては中途半端で,助音を加えなければならない からであろう。それで曲節の現存する民謡の中から特に似たようなものを物色してみた。しかし この唄が非常に古いというわけではない。」とある。

 では,奄美の「あじそえん」の五五五五鯛はどう位置づけるべきなのだろうか。
 先ず本土民謡との直接的な交渉を考えることは無理であろう。そこで奄美,沖縄の長詩形の神 歌のなかに,5音句が頻出することが想起される。私はその名残りを留めていると考えるのがもっ とも自然だと思う。次にあげるのは,奄美大島の神歌,「あとざばれ」*7の一部である。

 いちぬさき
 はりまわし
 ななぬさき
 はりまわし
 みなはぬかみ
 のだてりょん
 いちぬうら
 はりまわし
 ななぬうら
 はりまわし
 みなはぬかみ
 のだてりょん
 いじしぬかみ
 のだてりょん
 (以下略)

(一の岬を)   5音
(走りまわし)  5音
(七の岬を)   5音
(走りまわし)  5音
(御岬の神を)  6音
(祈りたてる)  5音★
(−の浦を)   5音
(走りまわし)  5音
(七の浦を)   5音
(走りまわし)  5音
(御岬の神を)  6音
(祈り立てる)  5音★
(出し巌の神を) 6音
(祈りたてる)  5音★

「南島歌謡大成V」P81*8

 具体的にいえば,このような五五認連続形のものが4句体に切り取られた結果,「あじそえん」 のような五五五五調歌詞になったと考えられるのである。
 その1つの証拠として,「あじそえん」の整序された4句体歌詞をみるとき,前半部分(上の 句)と後半部分(下の句)が次のように対句をなしていることがあげられる。

 あのはまに まんきょたさ/このはまに まんきょたさ
 あのはまに つけるかや/このはまに つけるかや

 神歌「あときばれ」も対句で進行していることは明らかであり,2つの一致は偶然のことでは ありえない。
 ここで,南島歌謡史における「長詩型叙事詩から短詩型叙事詩が生まれた」とする説*9 が思い起こされるかもしれない。確かに,「あじそえん」の存在はこの説を有利に導くかもしれ ない。しかし今のところはっきりしている事例はこれだけである。「長詩型の短詩型」移行説が 認められるには,もっと多くの事例が必要だといえよう。

2.五八五調ないし五七五調をふくむ詞形

 五八五の8音と,五七五の7音が何を意味するかは後述することとし,奄美民謡でこの3句体 を含む詞形は次の3種類である。

(1)五八五調3句体で−首をなすもの
(2)五八五五八五調6句体で1首をなすもの
(3)五八五八五調5句体で1首をなすもの

 さらに五八五の3句をみるとき,つぎのケースがある。

a 1句目と3句目の語句が同じ場合
b 1句目と3句目の語句が異なる場合

.そこで論を進めるために,1首づつ例をあげてみる。

 (1)a 奄美大島の八月歌「めんちやまよ」

めんちゃまよ
あめふい がらすぬ
めんちゃまよ

(めんちゃまよ)5音
(雨降り鴉の) 8音
(めんちゃまよ)5音

「南島歌謡大成V」P377

 (1)b 同前「前徳主」

 まいとくしゆ
 ふぐたぬ はさまて
 いきやらんどえ

(前徳主)      5音
(陰嚢が挟まって)  8音
(行くことができない)6音★

「奄美民俗7号」P7*10

 (2)a 奄美大島のあそび歌「くるだんど節」

 うたっちあめ
 くるだんど ぶしくゎや
 うたっちあめ
 いとどやる
 いしょやま もどりぬ
 いとどやる

b未見

(歌だろうか)   5音
(くるだんど節は) 9音★
(歌だろうか)   5音
(かけ声だ)    5音
(磯山戻りの)   8音
(かけ声だ)    5音

「宇検村湯湾地区の民謡」P148*11

 (3)a奄美大島のあそび歌「行きゅんにゃ加那節」

 いきゅんにゃかな
 わきゃくぅとぅ わすれて
 いきゆんにゃかな
 うったちや うったちやが
 いきぐるしや
 ソラいきぐるしや

(行くのですか)   6音★
(私のことを忘れて) 8音
(行くのですか)   6音★
(立とうとしても)  8音
(行き難い)     5音
(5句目反復)

「南島歌謡大成V」P458

 b奄美大島のあそび歌「うすみ加那数え歌」

 ひとつとせ
 ひとり うまれぬ
 うすみかな
 ぐしょみち くましゃん
 きむぐるしゃ
 ソラきむぐるしゃ

(一つとせ)     5音
(一人生まれの)   7音
(うすみ加那)    5音
(後生道踏ますが)  8音(7音)
(心苦しい)     5音
(5句目反復)

竜郷町瀬留にて採集

 かかる詞形が,いったいどのような経過で生まれたのか,まだはっきりしたことは分からない が,(3)bにあたる「数え歌」が一番のもとであると,私は考えている。*12
 数え歌は,奄美にとっては明らかに,近世に外から入って来たものである。それが奄美で盛ん に歌われていくうちに,独唱形の数え歌から交互唱の掛け歌になった。つまり,数え歌であるこ とをやめたわけで,このとき「一つとせ」の部分に,3句目の文句を持ってくるようになったの ではないだろうか。

 (3)bを例にいえば,
 ①ひとつとせ
 ②ひとりうまれぬ
 ③うすみかな
 ④ぐしゅみち くましゃん
 ⑤きむぐるしゃ

の①「ひとつとせ」の部分を③「うすみかな」に替えて,

 ①うすみかな
 ②ひとり うまれぬ
 ③うすみかな
 ④ぐしゅみち くましゃん
 ⑤きむぐるしや

のように歌ったとすれば,うまく説明できるのである。
 やがて,五八五の3句体が独立して,(1)(2)の型に移行していったというのが,私の仮説である。  ここで本土民謡に類似詞形がないかと,町田論文なかに捜してみると,次の項におよそ80首の 歌詞があげられていた。

 ・五七五形だけで−章をなす唄
 ・五七七の短歌形式の歌
 ・三の句返し短歌形式の唄
 ・中国地方の囃し田と五七五反復形の歌
 ・東北地方の労作歌と五七五反復形
 ・たたら唄と船唄以外の五七五形の唄

 なお町田論文では,詞形ともに歌詞反復も紹介されている。歌詞反復は奄美民謡にも頻繁に現 れる現象で,それが重要なことはもちろんだが,ここでは歌詞反復の問題をのぞいて,町田論文 で扱われた五七五調を含む詞形を整理してみる。(「/」で分けたのは,前者が上の句,後者が下 の句とみなされるものである)

 (1)五七五調3句体で独立しているもの。
 (2)五七五/七七短歌形のもの
 (3)五七五/七五調のもの
 (4)五七五/五七五調
 (5)その他(破形)

 なお,五八五調の1句目と3句目の語句が同じのものは,(1)のみであり,奄美の五八五調とは 形の上でもっとも近いということになる。ついで音数律のみでいえば(3)と(4)に近いものがある。 このうちの3種について,何首か歌詞を引いておく。

(1)に該当する五七五調歌詞

 ・宮城県北部と青森県東部に伝わる「ナニャトヤラ」

 ナニャトヤラ
 ナニヤトヤサレノ
 ナニヤトヤラ

 ねたのよい
 まくら ならべて
 ねたのよい

 かかもろた
 おやじ だまして
 かかもろた

(ナニャトヤラ)  5音
(ナニャトヤサレノ)7音
(ナニャトヤラ)  5音

(寝たのよい)    5音
(枕ならべて)    7音
(寝たのよい)    5音

(嬶 もろた)    5音
(親爺 だまして)  7音
(嬶 もろた)    5音

(3)の五七五七五調歌詞としてあがっているもの。

 ・群馬県桂萱村(前橋市)の田植え唄

 きょうのひの
 ときうつ かねは
 いくつうつ
 いくつうつ
 ななつも やつつも
 ここのつも

(今日の日の)   5音
(時打つ鐘は)   7音
(幾つ打つ)    5音
(幾つ打つ)   (歌詞反復)
(七つも八つも)  7音
(九つも)     5音

(4)の五七五・五七五調歌詞としてあがっているもの。

 ・盛岡市「鋳銭節」

 じゅせんざか
 どんどと ふめば
 ぜにがわく
 ぜにもぜに
 しちふく じんは
 うまれくる

(鋳銭坂)      5音
(どんどと踏めば)  7音
(銭が湧く)     5音
(銭も銭)      5音
(七福神は)     7音
(生まれくる)    5音

  (1)の「ナニヤトヤラ」の1,3句同句現象が,奄美のように「数え歌」を元にしているという 気は全くないが,短歌五七五七七形と全く別個に成立した詞形であることも確かであろう。町田 論文によれば,昔は「ナニャトヤラ〜」の歌詞だけで歌っていたものが,それでは張り合いがな くなって,いつか意味のある歌詞を歌うようになったというが,1句目と3句目に同じ文句を持っ てくるようになったのには,元唄に従ったという以外に何かの原理が働いたと思われる。それは これからの研究課題である。

 今あげた本土民謡の五七五調と奄美の五八五調,ないし五七五調とは,今のところ直接的な繋 がりは認められない。もし両者に関連ありとすれば,先にも触れた通り「数え歌」である。町田, 浅野論文にはないが,三つの有名な数え歌をあげて奄美の数え歌と直接的なつながりがあること を確認しておきたい。

 ・千葉県民謡「銚子大漁節」

 ひとつとせ
 いちばん づつに
 つみたてて
 かわくち おしこむ
 おおやごえ
 コノタイリョプネ

(一ツトセ)  5音
(−番ずつに) 7音
(積みたてて) 5音
(川口押しこむ)8音
(大矢声)   5音
(この大漁船) 7音

「日本民謡集」P145*13

 ・青森県民謡「弥三郎節」

 ひとつあえ−
 きづくり しんでんの
 しもあいの
 むらの はんずれこの
 やさぶらえ−
 コレモヤサプラエ

(一つアエー)    4音
(木造神田の)    9音
(相野村)      5音
(村の端ン ずれコの)9音
(弥太郎ァ家)    5音
(コレモ弥太郎エ)  8音

[同上P33]

 ・徳島の手鞠唄「巡礼お鶴」

 ひとつかえ
 ひしゃくに おいずる
 つえにかさ
 じゅんれい すがたで
 ちちははを
 タズニョウカイナ

(一つかえ)      5音
(柄杓に笈摺)     8音
(杖に笠)       5音
(巡礼姿で)      8音
(父母を)       5音
(尋にょうかいな)

「わらべうた」P28*14

 前掲奄美の(3)b型は,最後句をくり返していて,このふたつの数え歌の場合は最後にハヤシコ トバ*15的な句をもってくるという違いはあるが,後はほとんど重なる。先述のように,本 土から奄美に持ち込まれた詞形であることは疑えない。

 残る問題は,8音と7音の違いだが,共に本土の数え歌にも現れることが明らかになった。私 は,8音が中世の今様とも密接に関係していると考えているが,そのことが再び問題となる次項 で取り上げ,考えてみることとしたい。

3.七五ないし八五連続調

 奄美民謡のほとんどが短詞形で占められることは今更いうまでもないことだが,わずかながら, ある筋だったことが連綿と歌われる長詞形歌詞もないわけではない。それは「口説」といわれる 一群の歌である。
 今日,奄美でこの口説が豊富に残っているのは徳之島であるが,この歌の詞形を観察してみる と,七五あるいは八五調の文句をつづけていくことが分かる。

 ・「くぶなわ口説」

 くどき のぞむか
 ゆでうえせら
 わんがくどきや
 うめさまし
 すさぬながらも
 わんがくどき
 やまぬきゅらさや
 わしでらよ
 わかゆぬまんどりどんや
 あきちゅむら
 むらぐゎぬひろさや
 かめじむら
 むらぐゎぬきゆらさんま
 かめじむら
 さむせんぬめじらしどんや
 うもがむら
 (以下略)

(口説を望むか)   7音(3+4)
(詠んでさしあげよう)5音
(私の口説は)    7音★(3+4)
(思いを覚ます)   5音
(粗末ながらも)   7音(3+4)
(私の口説は)    6音★
(山のきれいなのは) 7音(3+4)
(和瀬寺よ)     5音
(稚魚の多いのは)  9音★(4+7)
(秋津村)      5音
(村の広いのは)   8音(4+4)
(亀津村)      5音
(村のきれいなのも) 8音★(4+5)
(亀津村)      5音
(三味線の珍しいのは)12音★(5+7)
(尾母の村)     5音

採集地徳之島町井之川
「南島歌謡大成V」P616

 ・「天かあむろロ説」

 てんか あむろが
 したうりて
 あがれぬ ちねんかわ
 あめたれば
 みかるぬ しゅいめに
 めかけらて
 とびぎんや まよいぎんや
 かくされて
 ぬがよい あむろよ
 くまあめる
 (以下略)

7音(3+4)
5音
9音★(4+5)
5音
8音(4+4)
5音
11音★(5+6)
5音
8音(4+4)
5音

採集地徳之島町母間「同上」P624

 これを見れば,9音,10音は字余りと考えざるを得ないが,8音句が確として存在したことは 認めなければならないであろう。
 本土民謡はどうだろうか。町田論文では,七五調は中世に現れた七五,七五調のいわば今様形 式ととらえられている。そこで七五調ないしそれを基礎として変化した詞形の歌詞として,34首 載せられているが,いずれも短詞形歌詞で,口説のような長詞形のものは一つも載っていない。 しかし長詞形,短詞形という違いがあるとはいえ,奄美の口説と最も近い関係にあるのは,やは り七五七五調詞形である。

 ・茨城県三村(石岡市)の田植え歌

 ごしゃく てぬぐい
 なかそめて
 そめも そめたよ
 かのこぞめ
   いたこ でじまの
 かれまこも
 とのに からせて
 おれささぐ

(五尺手拭)   7音
(なかそめて)  5音
(そめもそめたよ)7音
(鹿の子染め)  5音

(潮来出島の)  7音
(枯れ真薦)   5音
(とのに刈らせて)7音
(おれささぐ)  5音

 町田論文がいうように,これが今様形式の名残りだとしたら,七五七五調4句体あるいは七五 七五七五七五調8句体詞形が最初にあり,後にその影響によって,何処かに七五調の口説が生ま れ,それが沖縄,奄美に伝播したということになろう。

 ここで前項から引継ぎの,奄美や現行本土民謡に瀕出する8音についてはどう考えるべきだろ うか。
 8音の問題については町田論文には全く触れられてはいない。また今までの歌謡研究でも,ほ とんど等閑視きれてきたのが不思議でならないのだが,私は中世の今様にとってきわめて重要な 音数であったと考えている。

 奄美の口説の8音を改めて吟味してみると,その細部律は4音と4音が重なった形になってお り,琉歌調の5音プラス3音,あるいは3音プラス5音の8音とは全く違うことに気づく。「梁 塵秘抄」等に出てくる今様にかなりの8音が現れることと,その8音が4音プラス4音であるこ とは,明らかに奄美の8音と関連することを教えてくれる。

 参考までに「梁塵秘抄」*16から,2首あげておこう。

 しゃかの/しょうがく
 なることは
 このたび/はじめと

 おもいしに
 ごひやく/じんでん
 ごうよりも
 あなたに/ほとけと
 みえたまふ

 もんじゅは/そもそも
 なにぴとぞ
 ざんぜの/ほとけの
 ははといます
 じつぱう/にょらい
 しょほうのし
 みなこれ/もんじゅの
 ちからなり

7音(3+4)
5音
8音(4+4)

5音
7音(3+4)
5音
8音(4+4)
5音

8音(4+4)
5音
8音(4+4)
6音
7音(4+3)
5音
8音(4+4)
5音

 4プラス4の8音は,実は日本の音数律では由緒正しいものであり,もっと見直されるべきで あることを,この機会にいっておきたい。
 もう一点,町田論文では,七七調連続の口説を問題にし,七五調の口説には全く触れていない。 奄美沖縄には七七連続調の口説は見当たらないが,はたして全国的に見ると七五調口説は希少種 なのかどうか,このことも今後の問題として気をつけておきたい。

4.八八八六調と七七七五調,およびその周辺の詞形

i琉歌調成立に関する諸説

 最初にも述べたが,八八八六調詞形は琉歌調といわれ,奄美,沖縄民謡の中心となっている詞 形である。これに対して,本土の七七七五調は近世小唄調といわれ,現行民謡の9割以上がこの 詞形で占められるといわれている。
 この2種類の詞形の間に,直接的な影響があったのか,なかったのかということについては, まだ定説らしいものは生まれていない。

 八八八六調に類似した詞形が「おもろさうし」の中にみられるところから,この詞形は沖縄の 古歌謡を母体に生まれ,今ある形に確立されたという見方がある。*17この説では当然,七七七五調影響説は排除される。

 沖縄の八八八六調が,三味線ともにヤマト(本土)に入って,各句1音づつ減じることによっ て七七七五調を生んだという説もある。三味線が沖縄からもたらされたことは明らかであるから, 詞形もそれについてきたという考え方である*18今この説をいう人は少ない。主流ではなかっ たものの,三味線渡来以前に七七七五調や,それに近い詞形があったことが分かっているからで ある。
 八八八六調の方が七七七五調の影騨を受けたという研究者は多い。浅野氏もその−人で,「日本の民謡」のなかでも「琉球歌における八音・六音という音数は,わが中世歌謡の七音・五音の 変化で,両者はそれぞれ語音構造の特質による相違を示しているに過ぎないものと思う」とし, 琉球歌の

 しょどん みやらべの
 ゆきの いろのはぐき
 いつか よのくれて
 みくちすわな

(諸屯乙女の)   8音
(雪の色の歯茎)  9音
(いつか夜のくれて)8音
(み口吸おうか)  6音

 なども,「み」「の」のような接頭辞や助詞を省けば,

 しょどん わらべの
 ゆきいろ はぐき
 いつか よくれて
 くちすわな

(諸屯わらべの)   7音
(雪色歯茎)     7音
(いつか夜くれて)  7音
(口吸はな)     5音

のような完全な近世小唄調になると,割り切った考えを述べている。(「浅野論文」P138)
 また,南島歌謡研究に大きな足跡を残した小野童朗氏は,世礼国男氏の説を受け,精綴な影響 説を構築した。その主な論点は,以下のように七七七五調と八八八六調が似ているだけでなく, 各句7音,8音の微細構造(細部律)まで似ているということである。

 (近世小唄調)

 さいた さくらに
 なぜ こまつなぐ
 こまが いさめば
 はなが ちる

(咲いた,さくらに)  7音(3+4)
(なぜ駒,つなぐ)   7音(4+3)
(駒が,いさめば)   7音(3+4)
(花が,散る)     5音(3+2)

 (琉歌調)

 じゃしち いちゃびしに
 うちゃりひく なみの
 じゃしち めやらびの
 めわれ はぐち

(謝敷の板敷に)    8音(3+5)
(打ちあげては引く波は)8音(5+3)
(謝敷乙女の)     8音(3+5)
(目笑う歯口)     6音(3+3)

 4句体歌詞の1句目が「短十長」,2句目が「長十短」,3句目が「短+長」となるこの構造は 近世小唄調のほとんどに当てはまり,かつ琉歌調の多くに該当するという事実は,けっして偶然 ではないというのである。(「南島歌謡」[註21])*19

 私自身は,八八八六調詞形が南島の歌掛けと密接に結びついて形成されたことを,長い間主張 してきた。*20だが,これだけ両詞形が類似し,かつ成立時代が近似していることを考える と,どこかで接点を持ったと考えるのが自然ではないかと思ってきた。とはいいながらも,直接的な影響を受けたという確たる裏づけは見つけられないまま今に到っている。
 それならば,八八八六調詞形と七七七五調調形を比較する意味が奈辺にあるかということにな るだろう。私は影響の有無は別として,両詞形の成立過程において一致する点がいくつかあると 思っている。本稿では先ずそのことを指摘したい。ついで本土歌謡の影響を受けたという前提で, それでは具体的に,どんな曲種が影響を与えたのかという仮説を提示しておきたいのである。

ii 八八調→八八八八調→八八八六調移行説

 順序として,これまでいろいろな場で発言してきたことだが,八八八六鯛の成立過程について 私の推論をまとめておく。
 結論は簡単である。八八八六調が出来上がる前には,八八八八調があった。なお,それ以前は 八八調2句体の時代があった,ということである。
   八八調2句体の歌詞から事例をあげていきたいと思うが,その前に歌詞を1首,2首という 「首」の単位で数えることとして,それをどう確定するかという問題について一言述べておく。 例えば民謡の採集資料として,次のようなものがある。(詞章は原文のまま)

 −.◎ハレ夜走りゅる船やよ−
   ◎ハレ隠れ礁どぅかたぎよー
    ハラヘイヨーヤリコヌヘー
    ヨーヘーヤー
    ハラヘーイヨーヘー〈以下囃子省略〉

 二.◎ハレ加那待つちゅる夜やよ−
   ◎ハレ友達どぅかたぎよー

 三.◎ハレ長月ぬ太陽やよ−
   ◎ハレ夜ぬ暮れどう待ちゅりよ−

 四.◎ハレ何時が夜ぬ暮れぃてぃよー
   ◎ハレ吾自由なりゅりよ

(夜走る船は)
(潮に隠れた岩瀬が敵)

(恋人を待つ夜は)
(友達が敵)

(日長の太陽は)
(夜になるのが待ち遠うしい)

(何時日が暮れて)
(私は自由になれるか)

「南島歌謡大成V」P270

 実は,これらの歌詞は普通には一と二,三と四が,それぞれ合体して一首とみなされているも のである。それらが1つの世界を作っていることはいわずもがなだが,この2句目「友連どぅか たぎ」と,四の2句目「吾自由なりゅり」が「よー」を除けば,6音であることも注意しなけれ ばならない。つまり,−と二,三と囚を合わせたときそれぞれ典型的な八八八六調歌詞になるの である。
 そこで,私たちが採集資料から読み解かなければならないことは,採集者が,以下のどの原則 をもって,1首と見なしたかということである。

  1. 一と二,また三と四の歌い手が全く違うために,それぞれを1首とみなした
  2. 歌い手は全部同じ人だが,それぞれ旋律型が同じであるため,一つの旋律型に見合うものを1首とみなした
  3. ハヤシコトバを一つの区切りとして,1首とみなした
  4. 歌っている人たちが,それぞれを1首と意識していた

この資料からはこの点は不明であるが,私自身,歌謡を扱うときは,1首とはあくまで1人な いしl集団が歌う単位と考えている。つまり(1)の立場をとる。これは奄美の歌が多く複数の人々 による歌掛けの形をとることと関係する。曲自体が,2句体歌詞どうしのやりとりなのか,4句 体歌詞どうしのやりとりなのかが,きわめて大きな問題だと考えるからである。もしこの仕事歌 の場合,(1)のケースと認定されるとしたら,歌い手たちは,たまたま既製の八八八六調歌詞を利 用して歌ったということになるのである。
以上のことを考慮して,奄美民謡のなかに2句体歌詞でやりとりしていく曲を探してみると, 徳之島に伝わる夏目踊りの歌に多いことが分かる。以下,歌詞だけでなくハヤシコトバや繰り返 しもそっくり香き取った資料をあげる。

 井之111地区の夏目踊りの歌「三京のなかだわ」

 ①(男側)にきょぬ なかだわやヨ
      がんがらしゅ ちきてぃ
      ハレーちきてぃ

 ②(女側)ちきてぃ みきゃなりぱヨー
      うじぬ ほゆり・ほゆり
      ハレー

 ③(男側)まかろが たかちぢなヨー
      ちょうちんまち とぅぶち
      ハレーかよい

 ④(女側)かよい かよいヨー
      くさからち かよい
      ハレーくさぬ

(三京山に住むなかだわが)8音
(蟹の塩辛を漬けて)   8音
(漬けて)        3音

(漬けて三日たてば)    8音
(蛆がでるよ・でるよ)   6音

(曲がりくねった峠の頂上に)9音
(提灯の火を灯し)     9音★
(通い)          3音

(通え,通え)       6音
(草が枯れるまで通え)   8音
(草の)          3音

 同「朝潮満上がり」

 ①(男側)あさしゅ みちゃがりや
     かみいぬ・かみいぬ しゅどぅき
     かみいぬ・かみいぬ しゅどうき

(朝潮が満ち上がるときは)8音
(亀の潮時)       6音
(繰り返し)

 ②(女側)ゆなか さきなれば
     みしぇしゅた みやらぴしゅどぅき
     みしえしゅた みやらぴしゅどぅき

(夜中先になれば)    8音
(青年乙女の潮時)   11音
(繰り返し)

「レコード徳之島・之川夏目踊り」*21

 「三京のなかだわ」①②③に出てくる「ちきてぃ」「かよい」「くさぬ」という3句目の文句は 何を意味するのだろうか。これは夏目踊りに頻繁にみられる現象で,歌掛けのさい,相手方に打 ち出しの文句を与えるものである。もし,これをも音数にいれるとすれば,八八三調ということ になろうが,ここでは数えないこととする。

 なお,②の2句目は「ほゆり・ほゆり」と歌詞反復をしているが,この曲で歌いやすいように もともと6音のところを8音にしたのである。これは先にも触れたが,歌い手が八八八六調の既 製の歌詞をこの歌で歌ったということである。

 「朝潮満上がり」は、それぞれ2句目を反復して歌う歌である。①の2句目を「かみいぬ・か みいぬ」と反復しているのは,8音にするための,「三京ぬなかだわ」の歌詞反復と全じ目的だ といえる。
 ただ徳之島の夏目踊りが,全て2句体歌詞のやりとりではないことは確かだが,私はこの形こ そ古代の歌掛けを妨佛させるものだと思っている。

 歌掛けは原則的に即興であったはずである。そのとき,4句体歌詞では歌問答が容易にできた とは考えられない。短い2句体なら,誰でも簡単に文句を出せたと想像できる。
 私は,2句体という短い文句でやり取りの行われる時代が,かなり続いたと信じている。  しかし,2句体は自らの心のうちを表現し伝えるにはあまりにも短い。やがて人々は,長い詞 の器がほしくなる。その結果できたのが,2句体を2つ重ねる形の八八八八調(4句体)だった のではないだろうか。

 今日,奄美民謡の中で八八八八調歌詞でなければ歌われない曲というのは皆無である。曲の構 造が例えそうなっていても,八八八六調の最終句6音に,「ハレ」「マタ」などという投げ言葉を 入れたり,歌詞反復をすれば実質八八八八調になるからである。
 それでも,八八八八調歌詞がよく出てくる曲がある。以下の2曲である。

 ・奄美大島の「ヨイスラ節」一名「船ぬ高櫨節」の打ち出しの歌詞

 ふれぬ たかどもに
 しりゅどぅりぬ いちゅり
 しりゅどぅりや あらぬ
 うなりかみ がなし

(船の高い舳先に)8音
(白い鳥がいる) 8音
(白い鳥ではない)8音
(姉妹神だ)   8音

「奄美民謡集」P4*22

 ・沖之良部の「シュラヨイ節」一名「いしん頂節」

 いしんちじ ねぃぶて
 まふぇむこて みりぱ
 なふぁぬ あみうちゃぬ
 あしちけぬ きょらさ

 わどまい まさともしゅ
 あみなげぬ ちゅらさ
 あみや うちなげて
 あばてこて あげて

(いしん頂に上って)  8音
(真南に向かって見れば)8音
(那覇の網打つ漁師の) 8音
(足使いのきれいなこと)8音

(和泊の政友主の)   9音
(網打ちのきれいさ)  8音
(網を打ち投げて)   8音
(慌てて上げる)    8音

採集地和泊町和泊
「レコード沖永良部民謡傑作集」*23

 ちなみにこの2曲の系統は同じである。
 ほかにどの曲にも歌える共通歌詞として,次のような八八八八調歌詞がある。

 ・奄美大島

 うやはがれ どぅりぐゎ
 ぬがうらや なきゅる
 わぬむ うやはがれ
 うやふしゃて なきゅる

(親と離れた鳥よ)    8音
(何故お前は鳴くの)   8音
(私は親と離れ)     8音
(親が欲しくて鳴いている)8音

「奄美民謡集」P4

 ・徳之島

 しまや だーぬしまんま
 かわるんどや ねしが
 みじに わかされて
 くとうばぐゎぬ ちごて

(島はどの島も)   9音★
(変わることはないが)9音★
(水に分けられて)  8音
(言葉が違ってしまう)8音

「南島歌謡大成V」P517

 ・沖永良部島

 やまとぅ ながたびや
 てぃぬぐいがり くたんぬ
 ぐしょぬ ながたぴどぅ
 てぬぐいや くちゅる

(本土旅は)       8音
(手拭いまで朽ちないが)10音★
(後生旅は)       8音
(手拭いが朽ちるほど長い)8音

「同上」P572

 ここで「ヨイスラ節」と「シュラヨイ節」の曲榊造をみてみると,ともに上の句を歌う部分と 下の句を歌う部分が,判で押したように同一旋律だということが分かる。[註26]このことは八 八八八調は八八調歌詞が二つ合わさって成立したという考えを補強するものといえよう。 次に八八八六調に移る。

 先述の通り,小野童朗氏は沖縄の琉歌に(3+5)(5+3)(3+5)(3+3)音の細部律 からなるものが多いと述べている。奄美の場合,まだ統計的に調査したわけではないが,これに 該当しないものがかなりあることは事実である。ここでは,それからはみでたものをあげておく。

 ・奄美大島

 わかれてや いきゅり
 ぬばかたみ うきゅる
 あせはだぬ てのげぇ
 うれぃが かたみ

(別れて行くが)8音(5+3)
(何の形見を置くか)8音(5+3)
(汗肌の染みた手拭い)8音(5+3)
(それが形見)6音(3+3)

「南島歌謡大成V」P497

 ・徳之島

 このあすぴ たてて
 やかち もどらゆめ
 あちゃぬ てだがなし
 あがる までぐゎヨ
 

(こ遊びを始めて) 8音(5+3)
(家に戻られようか)8音(3+5)
(明日の太陽が)  8音(3+5)
(上がるまでは)  6音(3+3)

「同上」P536

 ・沖永良部島

 うみぬ ささくさや
 うらうらに ゆゆり
 くまかなさ あてぃど
 くまに ゆゆる

(海の笹草は)   8音(3+5)
(浦々に寄ってくる)8音(5+3)
(ここが愛しくて) 8音(5+3)
(ここに寄ってくる)6音(3+3)

「同上」P552

 本来的な細部律はどうなのかということは本稿では問題としない。ここで考えなければいけな いのは,八八八八調歌詞で十分満足できたはずなのに,なぜ最終句を6音にしたのかということ である。

 私は,ここに近世小唄調の影響を考えるとともに,もう一点,歌い手たちが意識下で,八八2 句体歌詞をただ2つ,機械的に合体させたのではなく,4句体で1首なのだという,いわば独立 宣言をしたのだと考えてきた。
 従来のように上の句と下の句が全く同じでは完全に独立したことにならない。そこで,下の句 に変化をつけようとした。それにはいくつかの方法が考えられる。

(1)旋律を変えること。
 実は奄美民謡の多くはまだ上の句と下の句同じ旋律で歌われているものがきわめて多い。それ を下の句に少しずつ変化を与え,全く別の旋律にしていくという変化は今なお続いているのであ る。

(2)反復の形を変えること。
 奄美民謡には歌詞反復が瀕出する。反復の主な目的は,歌掛けで相手に念を押したり,文句を 考えさせる余裕を与えるものである。
 その場合,4句体の各句をABCDとすれば,「ABBCDD」「AABCCD」のように上 下均等に反復するものと,「ABCDD」や「ABCDCD」のように反復が下の句に片寄るも のとがある。前者はいうまでもなく,上下別々の人によって歌われていた名残りを示すものであ り,後者ははっきりと4句体で1首とみなされた結果である。

(3)ハヤシコトバの加除。
 ハヤシコトバは,歌詞を歌ったあとに付くことが多い。しかし奄美民謡の場合,上の句下の句 に同一ハヤシコトバが均衡に出てくることが多い。これもやはり,上下が別々の人とによって歌 われていた可能性を示唆する。下の句だけに付いているとすれば,その段階で4句体歌詞を歌う 曲として独立していたのだといえよう。
 そして(4)最終句を6音に変えることである。

 以上をまとめれば,上の句と下の句を均衡型から不均衡型に移行させることにより,4句体と しての存在を強めてきたのだとはいえないだろうか。

iii 近世小歌調の成立

 次に,本土の七七七五調とその周辺の詞形について,前掲,町田,浅野両論文をもとにみてい くこととしたい。両論文とも,初めに,歌謡研究の草分け的立場にあった藤田徳太郎氏が「古代 歌謡の研究」のなかで,古代歌謡から近世歌謡への詞形の変遷を図示したものを引用している。 そのなかの七七七五調に到る部分だけを再褐してみる。

 七五調

                   |- 七五七四
   七五一七五七五(今式半様式)---|
         |         |- 七五七五+X
         |
         |         |- 七五七七
         |- 七五七五+二--- |
                   |- 七七七五

 しかし,両氏ともこれを完全なものとはみなしていなかったようで,七七七五調の成立に関し ては,次のように考えていた。

 町田氏は,「七七七七2句形式から七七七五へ」という項目をたて,従来七七七七調が江戸時 代七七七五調が盛行するにつれて,それにおき換えられたのだといっている。(P168)

 また浅野氏は,「直接にはやはり,室町小歌から阿国歌舞伎に継承された七五七五形と片播形 式の小歌となった七七七七との相互影響によって成立した詞形と見るのが,いちばん穏当である ような気がする」という。(P136)

 いずれも,七七七五調の前に七七七七調があったことをいっているわけであるが,これは沖縄, 奄美の八八八六調の前に八八八八調があったことと符合するものである。
 さらに,町田論文は七七七七調の歌は例外なく七七の上の句と七七の下の句が同一旋律からなっ ており,上,下別々の旋律で対応しているものはないと,次の例をあげて,いい切っている。

 福島県白河町の田植え歌

 せきの しらかわ
 きてみて おくれ
 むすめ そろうて
 たうえを なさる

(関の白河)   7音 a旋律
(来て見ておくれ)7音 b旋律
(娘そるうて)  7音 a旋律
(田植えをなさる)7音 b旋律

 秋田県角館町の「秋田甚句」

 じんく おどらぱ
 さんじゅが ざかり

 さんじゅ すぎれば
 そのこが おどる

(甚句おどらぱ)7音 a旋律
(三十が盛り) 7音 6旋律

(三十過ぎれば)7音 a旋律
(その子が踊る)7音 b旋律

 なお,これらの歌で七七七五調歌詞が歌われることもあるが,そのときは「ヤレ」とか「ヨイ」 とか「ササ」といったハヤシコトバを入れるという。これも奄美の場合と変わりない。
 では,七七七七調があって,上下句同じ旋律ならば七七調2句体歌詞はないのかという問題に なる。両論文には七七2句体形としては特別扱われてはいない。しかし,先に述べた「1首とは 1人ないし1集団が歌う最小の単位」という観点からすれば,本土民謡のなかにも,見当たらな いわけではないのである。

 京都府丹波村の「松阪踊り」

(音頭)すずき もんどと

    いう さむらいは

(附声)にょうぼう もちにて

    ふたりの こども

(音頭)ふたりの こどもの

    あるその なかに

(附声)きょうも あしたも

    じよろかい ばかり

(鈴木主水と) 7音-|
           | a旋律
(いう侍は)  7音-|

(女房持ちにて 7音-|
           | b旋律
(二人の子供  7音-|

(二人の子供の)7音-|
           |  c旋律
(あるその中に)7音-|

(今日も明日もと7音-|
           | d旋律
(女郎買いばかり7音-|

町田論文 P168

 この系統の歌は土地によって歌われ方が異なり,音頭が上の句七七を歌えば’附声がそっくり 繰り返し,また音頭が下の句七七を歌い,それを附声がくり返す所もある。両論文はこの詞形を 七七連続調ないし口説調ととらえて,七七七七調との関連には言及していないが,私はどこかで 繋がっていたとするのが自然だと思う。

 また七七七七調4句体歌詞に話を戻すが,上の句,下の句が同じ旋律で歌われるということは, かつて別々の人が掛け合いで歌った名残りであることは,ほぼ確実である。
 では,七七七五調成立以降の上の句下の句の旋律的な対応どうなったのだろうか。
町田論文の次の指摘は重要である。

 七七七五形の唄で上の句,下の句が同じ節で歌われる場合は,下の句には必ずヤレとかヨイ とかいう囃し詞を挿入して字足を揃えたのであるが,たとえば「木曽節」のように足りない ところを,間を詰めて歌うと,それだけ節が変わってきてABAB',となり,これがしだ いに変化して上の句と下の句とが全然別な節で対応するようになり,音楽的には変化を生じ ておもしろい節まわしの曲が作られるようになったのである。(P169)

 これも奄美の場合と全く同じ現象である。
 ただ,現行の本土民謡においては,七七七五調歌詞を歌うのを原則とする民謡で,上の句,下 の句が同旋律の曲は,きわめて少ないのではないかと思われる。

 ちなみに,「日本民謡大観九州篇(南部)・北海道篇」(日本放送協会編昭和55)で鹿児島 の歌をみると,上の句,下の句が同じ旋律として扱われているものは,以下の2例しか見当たら なかった。詞章だけをあげ音数をみてみる。

 ・栗野町佃の「馬方唄」

 ハイハイ
 もろた もろたよ

 よかごよ さまを
 ハイハイ
 よめに つくりて

 いま のせた
 ハイハイ

(ハヤシコトバ)
(もろたもろたよ)7音-|
            | 鵯 旋律型
(良か嫁さまを) 7音-|
(ハヤシコトバ)
(嫁に作りて)  7音-|
            | 鵯 旋律型
(今乗せ上げた) 7音-|
(ハヤシコトバ)

 ・出水町の「祝歌(嫁女唄)」

 もろた もろたよ

 よかよめ もろた
 のるよ はるこま

 そめわけ たずな
 ハイハイ

(賃ろた賃ろたよ) 7音-|
            | 鵯 旋律型
(よか嫁貰ろた)  7音-|
(乗るよ春駒)   7音-|
             | 鵯 旋律型
(染め分け手綱)   7音-|
(ハヤシコトバ)

 ともに七七七七調であることは偶然ではないはずである。奄美の場合は,八八八六調でありな がら上下同旋律の歌をたくさん残したが,本土の場合,そうでなかったのはどうしてだろう。そ れは今後の問題として考えなければならない。

iv 沖縄,奄美に影響を与えた本土民謡

 最後に残った問題は,もし本土の七七七五調が沖縄,奄美の八八八六調に何らかの影響を与え たとしたら,それは具体的にどんな歌だったろうかということである。その場合,七七七五調の 歌詞だけが沖縄,奄美に入って来たとは考えにくい。必ず何らかの曲が移入されて,それらが盛 行した結果,変化をもたらしたに違いないのである。

 そうした手がかりを得るために,沖縄,奄美における本土系の歌謡をあげてみると「五尺手拭」 「ションガエ」「高き山(ドンドン節)」「六調」「心中節」「口説」等々がある。移入時代はそれぞ れ異なり,また1度だけでなく,時期を隔てて何回かに分けて入ってきたものもあるに違いない。 そのとき,その歌を受け入れた地域ではどんな反応を示すだろうか。詞章の上で考えられるの は次のケースである。

 (1)その曲に付いてきた歌詞をそのまま継承する。
 (2)その曲に自分たちの歌ってきた歌詞を入れて歌う。
 (3)その曲に合う歌詞を自分たちで作って歌っていく。
 (4)その曲に付いてきた歌詞を,自分たちが歌ってきた曲に転用する。

 このうち(2)(3)については,比較的近年の歌ではあるが,本論の次項で扱い参考に供したい。い ずれにせよ詞章上の影響とは,歌い手らが意識するしないにかかわらず,(2)(3)(4)の現象をいうの である。

 ここで私は,本土における近世小歌調の盛行に大きな役割を担ったとされる「投げ節」と,そ の奄美,沖縄への影響ということを述べてみたいのである。
 「投げ節」については,前掲の浅野論文や「日本民謡大事典」(雄山閣出版昭和58)等に簡 潔ながら要を得た解説がある。
 それによると,江戸期の17,8世紀にいろいろな歌が流行したが,「隆達節」「弄斎節」につい で流行ったのが「投げ節」という。創始者は京島原の遊女河内とされ,明暦(1655〜57)から元 禄,亨保(1688〜1739)頃まで,長きにわたって歌われたようである。
 それがどういう曲調であったかは,具体的に知るよしはないが,詞章上の歌唱形式ははっきり としており,その影響が現行の民謡のなかにもはっきりと見られるのである。浅野氏が当時の投 げ節としてあげられたのは次のものである。

歌詞反復型

 ① まつの はごしの   (松の葉ごしの)      7音  A
 ② いそくの ナ つきは (磯部のナ月は)      7音  B
 ③ ちとせ ふるとも ナ (千歳経るともナ)     7音  C
 ④ かわるまえ ヤン   (かはるまいヤン)     5音  D
 ⑤ ヤン         (間投辞)
 ⑥ ふるとも ナ ちとせ (3句目逆さ反復)         C
 ⑦ ちとせ ふるとも ナ (3句目反復)           C
 ⑧ かわるまい ヤン   (4句目反復)           D
 ⑨ ヤン         (間投辞反復)

 このように七七七五調4句体歌詞の下の句が特異な形で繰り返されているのが,特徴である。 これを浅野氏は「投げ節のように第三句を反復して歌うやり方などは,七七七五調が千篇一律に 各地に共通に歌われるようになった時,陽気で派手な三味線のリズムに適った変化を求めようと して生まれたものであるかもしれない」(P135)といっている。
   この特異な繰り返しをする民謡は,町田論文のなかにも「三の句逆ぱさみ反復」として次の歌 があげられている。

 ・岩手県盛岡市の「駒牽き唄」  歌詞反復

 ①よごの たいしょよ
 ②おにおも たてて
 ③やまを のりこす
 ④おお あしげ
 ⑤のりこす やまを
 ⑥やまをのりこす
 ⑦おおあしげ

(余吾の大将よ)7音 A
(鬼おもけたて)7音 B
(山を乗り越す)7音 C
(大芦毛)   5音 D
(3句目逆さ反復)  C"
(3句目反復)    C
(4句目反復)    D

 「ナ」「ヤン」等の間投辞は欠落しているが,あとは前掲の投げ節と形式的に判で押したよう に一致している。浅野氏も指摘している通り,有名な現行民謡「祖谷の粉ひき唄」(徳島県)等 も似た繰り返しで歌われていることから,かつては広く歌われた形だと思う。
 では,この投げ節が沖縄,奄美に入った証拠はあるのだろうか。まだ確証はない。しかしその 可能性は非常に濃厚だと,私は考えている。沖縄の古典音楽の代表曲というべきものに「かじや で風」がある。その詞章の歌われ方をそっくり記してみる。

                               歌詞反復型
 ① きゆぬ ふくらしゃや   (今日の誇らしさ)  8音    A
 ② なうにじゃな たてる   (何に譬えるか)   8音    B
 ③ つぃぶでぃうる はなぬ  (蕾んでいる花の)  8音    C
 ④ つぃゆきゃた ぐとぅ   (露にあった如く)  6音
 ⑤ ヨーンナ ハリー     (ハヤシコトバ)
 ⑥ つぃぶでぃうる はなぬ  (3句目反復)          C
 ⑦ つぃぶでぃうる はなぬ  (3句目反復)          C
 ⑧ つぃゆきゃた ぐとぅ   (4句目反復)          D
 ⑨ ヨーンナ         (ハヤシコトバ)

 実はこの反復をとり,かつ「ヨンナー」系のハヤシコトバが付いた歌は,沖縄,奄美に広く分 布し,ともに「かじゃで風」と同様,儀礼歌的な様相を帯びているのである。今日,それぞれの 曲の印象からは,とてもはらからの歌とは思えないが,詞章の歌唱形式から見る限りでは,別個 の歌とすることは不自然なのである。*24例をあげる。

 奄美大島・瀬戸内町網之子の八月歌「宮踊り」

歌詞反復型

 ① しまぬ いびがなし
 ② うどぅろきや しんしょんな
 ③ しまぬ にせしゅたが
 ④ きぐみ やしが
 ⑤ ヨンド
 ⑥ しまぬ にせしゅたが
 ⑦ しまぬ にせしゅたが
 ⑧ きぐみ やしが ヨンド
 ⑨ ヨンド

(島のいび神様) 8音   A
(驚きなさるな) 8音   B
(島の若者が)  8音   C
(きぐみであるが)6音   D
(ハヤシコトバ)
(3句目反復)       C
(3句目反復)       C
(4句目反復)       D
(ハヤシコトバ)

 さて,これを本土江戸期の「投げ節」と繋ぐことには無理があるだろうか。私は奄美,沖縄の これらヨンナ系の歌に「ABBCDCCD」という奇妙な反復型がみられるのはいったいどの ような理由なのかと考えてきた。
 それは,投げ節の3句目を逆さにすることだけを止めたと考えられれば,説明はつくのである。 投げ節の「ヤン」というハヤシコトバが「ヨンノー」ないし「ヨンド」に変わる可能性も十分あ ると思う。それと,「ヨンノー」系のハヤシコトバこそないが,3句目を逆さにして歌う歌が, 奄美にも存在することが明らかになった。

 民族音楽を専門とした内田るり子氏が,その箸「奄美民謡とその周辺」(雄山閣出版昭和58) に収めた,奄美大島・笠利町佐仁の八月歌のなかに2例出てくるのである。

 ・「オロショメデタヤ」

歌詞反復型

 ① おろしょ めでたや
 ② わかまつ さまよ
 ③ えだも さかえる
 ④ はも しげる
 ⑤ さかえる えだも
 ⑥ えだも さかえる
 ⑦ はも しげる

(嬉しいめでたい)   7音   A
(若松様よ)      7音   B
(枝も栄える)     7音   C
(葉も繁る)      5音   D
(3句目逆さ反復)        C
(3句目反復)          C
(4句目反復)          D

「同書」P173

 ・「ネンゴロジョ」

歌詞反復型

 ① さげどく わすれたが
 ② ねんごろじょが やどに
 ③ たぱこ のむときや
 ④ おめえ だしゅり
 ⑤ のむとき ソレ のむとき たばこ
 ⑥ たぱこ のむときや
 ⑦ おめえ だしゅり

(煙草入れを忘れたが) 9音   A
(懇ろの女の宿に)   9音★  B
(煙草飲む時に)    8音   C
(思い出す)      6音   D
(3句目特殊逆さ反復)      C
(3句目反復)          C
(4句目反復)          D

「同書」P173〜4

 これを以て,奄美にも投げ節系の歌が入っていることが明らかになったわけである。そして, どこかで「ヨンナー」系の歌とも繋がると考えるのは,ごく自然なことであろう。

 この投げ節が,七七七五の近世小唄調を流布するに大きな働きをしたことは,今や斯界の常識 のようである。以下は推論の域を出ないが,沖縄,奄美でも当初は伝えられたままに歌っていた のに違いない。やがて,自分たちで歌詞を作って,このはやり歌で歌おうとした時,手持ちの文 句は八八認2句体か,八八八八認4句体に近似したものであった。そこで七七七五調に近づける ために,最終句を6音にしたと考えられるのである。

 では投げ節以外に,影響を与えたものはないのかといえばそうではない。南島には我々の想像 以上にヤマト歌の流入は頻繁だったといえる。それらの相乗効果を考えなければならないことは 当然である。しかし今は投げ節がもっとも具体的にその関係をイメージできる歌なのである。

V 奄美言葉の七七七五調歌詞

 以上で,本論の大方の目的は達したのだが,ここに1項だけ追加する。
 現行の奄美民謡には七七七五調歌詞を歌う,いわばヤマト系の歌がかなりあるが,それらほと んどの曲では八八八六調歌詞も歌うことができる。つまり実際的な歌唱段階では,七七七五調も 八八八六認も,1音の違いなどは難なく克服してしまうのである。
 近世末,本土から入った「ドンドン節」系統の曲もそうである。例えば,沖永良部の手手知名 に伝えられる「あそび踊り」のなかの一曲「どんどん節」では,次のような歌詞が記録されてい る。

 くとし どんどんぶし
 やまとぬ はやい
 ヨースリ
 やがて みちぬしま
 はやい わたる
 ハラドンドン マタイトシュガネ

 おきぬ となかに
 たいまつ とぶち
 のぼり くだりぬ
 ひにど まちゅる
(以下ハヤシコトバ略)

 たかい やまから
 たにそこ みりゃ
 うりや なすぴぬ
 はなざかり

 むかし かみゆから
 しちうたぬ てぶり
 わしりらぬ たみに
 しらにゃ ちゃすが

(今年どんどん節)   9音★
(本土の流行り)    7音
(ハヤシコトバ)
(やがて道の島に)   8音
(流行りわたる)    6音
(ハヤシコトバ)

(沖の渡中に)     7音
(松明灯し)      7音
(上り下りの)     7音
(日に待つ)      6音

(高い山から)     7音
(谷底見れば)     7音
(瓜や茄子の)     7音
(花盛り)       5音

(昔神の世から)    8音
(してきた歌の手振り) 8音
(忘れないために)   8音
(しなければどうするか)6音

「南島歌謡大成」P564〜5

 この1番目の歌詞は,奄美の人々が,この歌に合わせて作った八八八六調歌詞だという意味で 吟味すべきであろう。4首目の方は,既製の八八八六調歌詞を借用したものである。
 このように本来七七七五調を歌うべき曲に八八八六調を歌詞を作って歌った例は,捜せばまだ いくらも出てこよう。それに対して,奄美の歌い手が作ったと推定される七七七五調歌詞はきわ めて少ない。奄美大島のあそび歌「糸繰り節」で歌われる何首かが,その希なるもの一部だとい える。

 しわじゃ しわじゃ
 いとくり しわじゃ
 いとぬ きれぃれぃば
 ふだ はきゅり

 いとぬ きれぃれぃば
 つなぎや なりゅり
 ゐんぬ きれぃれぃば
 むすばれぬ

 いとくり いちばんや
 さねさだ やくめ
 にばん なりゅんちゅや
 たけちよあせ

 しわじゃ しわじゃ
 うぎきり しわじゃ
 をぅぎぬ たかぎり
 ふだ はきゅり

(心配だ心配だ)  6音 (3+3)
(糸繰りは心配だ) 7音 (4+3)
(糸が切れれば)  7音 (3+4)
(罰札を穿かされる)5音 (2+3)

(糸の切れれば)  7音 (3+4)
(繋ぎもできる)  7音 (4+3)
(縁は切れれば)   7音 (3+4)
(結ばれない)

(糸繰り一番は)  9音★(4+5)
(実定兄さん)   7音 (4+3)
(二番の人は)   8音★(3+5)
(竹千代姉)    6音 (4+2)

(心配だ心配だ)  6音 (3+3)
(黍刈りは心配だ) 7音 (4+3)
(黍の高切りは)  7音 (3+4)
(罰札を穿かされる)5音 (2+3)

 この「糸繰り節」でも,八八八六調歌詞を歌おうと思えば歌えたはずである。しかし,今日こ の曲で歌われる歌詞としては,字余り,字足らずはありながらも,ほとんどが七七七五調を志向 していることは不思議な現象といえる。

 結局,奄美民謡でこの現象が一般的になることはなかった。ただ奄美大島で昭和30年台,民謡 レコード制作をしているさる会社が,手踊り歌「六調」の歌詞が全部ヤマト(本土)言葉である のは面白くないといって,奄美言葉の歌詞を公募したことがある。このとき七七七五調であるこ とを条件としたのかどうかは分からないが,入選してレコード化された歌詞は,島言葉ながら整 序された七七七五調であった。参考までに2首だけあげておく。

 ・秋田八吉氏作詞「六調」

 はまぬ ちどりは
 しゅなりに おどる
 ひとは しゃみねに
 おどりんしよれ

 しまぬ めらべぬ
 おどりぬ きゅらさ
 はとも ちょうしぬ
 わを かける

(浜の千鳥は)   7音 (3+4)
(潮鳴りに踊る)  7音 (4+3)
(人は三味の音に) 7音 (3+4)
(踊りなさい)   5音 (3+2)

(島の娘の)   7音 (3+4)
(踊りのきれいさ)7音 (4+3)
(指笛も調子に) 7音 (3+4)
(輪をかける)  5音 (2+3)

「レコード泊忠重傑作集」*25

 作詞者は内部律まで意識したわけではないと思うが,これ以外の8首も含めて,すべて近世小 歌調の(3+4)(4+3)(3+4)(5)の音数律を踏襲しているのである。奄美における七七七 五調受容の歴史の1コマとして,「糸繰り節」とこの「六調」のケースをあえてあげてみた。

 これまで奄美民謡の特殊性を重視するあまり,本土民謡の詞形と比較する作業をすっかりおき ざりにしたことを反省しつつも,今この試論を通して南島歌謡研究の新たな可能性を見出しえた ような気持ちがしている。RIGHT: (1997/1/5)(箪者は本研究所所長)


*1 民謡とは一般庶民が生活の中で歌う歌と定義して,ユタやノロ等の職能的神人が伝え神歌はこれに含 めなかった。
*2 拙論「奄美民謡における詞形・曲型・反復型の変遷」(〈南島史学17号〉1981年),および「琉球古典 音楽における上旬下句構造」(「沖縄文化研究13」1987年)等。
*3 旧暦八月の諸行事のなかで集団で踊られる「八月踊り」に歌われる歌のこと。踊り手自らが歌い手で あることが特徴。普通男女歌掛けで進んでいく。
*4 1972年,名瀬在住大笠利郷友会が発行した刷り物。
*5 原曲の意味で使われることもあるが,ここではある曲の1,2番に歌う傾向のある歌詞をこう呼ぶ。
*6 名瀬市宇宿校区郷友会発行,発行年不明。
*7 ユタ(神がかりする巫者)がマプリワーシと呼ばれる儀礼で歌う歌。
*8 角川智書店1979年発行。全5巻のうちの1冊でVは「奄美糧」。田畑英勝,亀井勝借,外聞守善編集。
*9 外聞守善著「南島文学爵」(角川香店1995年),小野重朗著「南島歌謡」(日本放送出版協会1977 年)等にみられる考え方。
*10 大島高校郷土クラブが1966年に発行。
*11 鹿児島民俗学会,1960年発行のく民俗研究5号>に小川が発表。
*12 町田嘉章・浅野建二縞で岩波轡店より1950年に発行される。
*13 註13
*14 町田嘉章・浅野建二縞で岩波書店より1952年に発行される。
*15 「・・・・カイナ」という形で各首に付けられていく。歌詞の一部とみてもよいが,本稿ではハヤシ コトバ的なものとして扱った。
*16 巻3の「法文歌」より。小学館「日本古典文学全集25神楽歌催馬楽梁塵秘抄閑吟集」によっ た。本齊はルビ付き漢字混じり平仮名だが,ここでは平仮名のみを掲げ,ルビなし漢字混じり平仮名部 分をカッコに入れた。(P204,206)
*17 註9の外聞著書等の見解。
*18 高野辰之箸「日本歌謡史」(春秋社1926年)等にみられる。
*19 註9の小野著書
*20 拙論「琉歌調の成立に関する−仮説」(「奄美民謡誌」法政大学出版局1979年)や「南島歌謡史と歌掛け」(『歌謡(うた)の民俗」雄山間出版1989年)等でこの問題にふれた。
*21 徳之島町井之川青年団編。セントラル楽器が1976年に発売。
*22 福島幸義著 自家出版1955年刊。
*23 セントラル楽器(名瀬市)が1966年に発売。
*24 拙論「奄美・沖縄におけるヨンナ系ハヤシ調の歌謡」(前掲轡「奄美民謡誌」)で問題とした。 [送出版協会1993年)には,奄美 Iと同曲)の採譜されたものが褐後者は2句体で1首と扱われてい
*25 セントラル楽器が1973年に発売。
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