奄美の島唄

らんかん橋節

 この歌の打ちだしの歌詞は次のようなものである。
大水(うくみず)ぬいじて らんかん橋()れ流らち (しの)できゅる加那(かな)や 泣ちど戻りゅうる
 (大水が出て、らんかん橋が洗い流されてしまった。偲んで来た恋人も、会うことができず泣く泣く戻っていく。)

※大島

 典型的な恋歌というべきだが、この「らんかん橋」は、いったい何処の橋をいっているのだろうか。このことを確かめようと、実は私もあちこち聞いてまわったことがあるが、詮索はあきらめることとした。何故なら、民謡の世界では、余所の土地から入ってきた文句の一部を、勝手に自分の土地のことにかえてうたうのも自由ならば、この「らんかん橋」のように、一般名詞を、身近な固有名詞として頭に思い浮かべてうたうことも、全く自由なのだということに気付いたからである。極論すれば、こんなロマンチックな話など実際にはないのであって、歌あそびの席で異性の気をひくために作られたフィクション(虚構)であると考えるのが自然というものであろう。
 同じこの歌で、よくうたわれる文句に
○大水ぬいじて さいたなが()れ流らち 磯者(いしょしゃ)刀自(とじ)や 泣ちど戻りゅうる
 (大水が出て、川のサイやタナガが洗い流された。それを*1取りに行った漁士の妻が泣いて戻る。)

というのがある。最初、私は、はじめにあげたもと歌の改作ではないかと考えたのだが、必しもそうとは思えなくなってきた。むしろこの歌詞の方が古くて、らんかん橋の方がこれを真似たものだとも考えられるのである。
 ところで、この「らんかん橋節」とほとんど同じ節まわしの歌を、龍郷・笠利方面では「塩道長浜節」といっている所がある。それは今日、南大島でさかんにうたわれている「塩道長浜節」と、もと歌は同じなのだが、節まわしが違うのである。
 どうして、こんなことになったのか。今は偶然に同じ歌詞が別々の曲にくっついたのだろうとしか説明できないが、実は「らんかん橋節」も、南大島の「塩道長浜節」も、かつては海の仕事歌だったらしい痕跡があるのである。
 なぜか「らんかん橋節」でよくうたわれる。
長雨(ながめ)切りゃがりや 沖やとれどれと 沖やとれどれと 七離れ見ゆる
 (長雨が切り上がって、沖は凪である。沖は凪で、七つの島(くっきりと見える。)

※福島

という歌詞が問題なのだが、これは烏賊を曳く時の「イト」としてよくうたわれる文句であることにも気が付く。偶然のことではないであろう。磯者(漁士)の妻がでて来る歌詞が古いだろうといったのも、根拠の一つはそこにあるのである。


海の仕事歌

らんかん橋節

→塩道長浜節

という図式は、そう検討はずれではないと思う。

<参考>
 この歌のうたい方。
/~うくみずぬいじてヤァレ らんかんばしあれながらァち
 (スラヨイヨイ)らんかんばしあれながらァち
 しにょできゅるかなやヤーレ なぁちどマタむどろ
 (スラヨイヨイ)なちどマタもどりゅる


*1 mizuma補足:釣りの餌として
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Last-modified: 2012-03-11 (日) 16:24:29 (3559d)