[[奄美郷土研究会/会報]]
**会報について [#g5520198]
 会報は会員から寄せられた原稿を中心に会の発足当時から年に1度のペースで発行されています。&br;
 これまで発行された会報は[[鹿児島県立図書館奄美分館>県立図書館奄美分館]]に収蔵されており、閲覧((部数が少ないものについては貸し出し禁止となっています。))することができます。
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**第四十二号 [#s5c54dfd]
(平成23年7月発行)
|会長あいさつ|大津 幸夫|RIGHT:3|
|「回顧録−終戦直後の古仁屋|登山 修|RIGHT:4|
|「奄美諸島の防諜と潜水艦|菊池 保夫|RIGHT:22|
|「根瀬部集落誌と恵家小史|恵原 義之|RIGHT:32|
|「鶏飯と幕末奄美の菓子|今村 規子|RIGHT:40|
|『瀬武誌』刊行について|川畑 義夫|RIGHT:48|
|「竹島純小特集にあたって」|弓削 政己|RIGHT:65|
|「竹島純について」|竹島 忠男|RIGHT:66|
|「資料」&br;「南島史考(琉球ヲ中心トシタル)」表紙&br;「文部省図書局編集課長」あて文書&br;「地理教授ノ目的」&br;「竹島純 新聞投稿資料」&br;「伊波普猷の奄美観」(『新沖縄文学』四一号)||RIGHT:69|
|「伊波普猷の徳之島講演の受講『證明書』と最近の著書から」|弓削 政己|RIGHT:135|
|「伊波普猷『南島史考(琉球ヲ中心トシタル)』&br;(私立大島郡教育会編 一九三一年)をどう読めばよいのか|冨山 一郎|RIGHT:139|
|「明治における奄美大島開闢神話より」(『沖縄民俗研究』第二八号 抜粋)|町 健次郎|RIGHT:3|
|「明治における奄美大島開闢神話より」&br;(『沖縄民俗研究』第二八号 抜粋)|町 健次郎|RIGHT:3|
|「故屋崎一氏の威徳を偲ぶ」|義永 秀親|RIGHT:148|
|「実島隆三氏追悼文」(「南海日日新聞掲載文」)|崎田 実芳|RIGHT:150|
|献本資料・会務報告・編集後記|事務局|RIGHT:152|

**第四十一号 [#cac6369c]
(平成22年4月発行)
|四一号発刊によせて|竹島 忠男|RIGHT:1|
|請島米軍上陸誤報事件|菊池 保夫|RIGHT:2|
|統治下の芸能・福田雀里の講談|福田 信広|RIGHT:5|
|小宿神社設立について|大津 幸夫|RIGHT:10|
|庁舎の変遷・官公署の所在地及び改正区の名称資料|岩元 信忠|RIGHT:15|
|地図から視る名瀬の移り変わりI・II〜琉球政府図・字絵図・古絵図から一考察|岩多 雅朗|RIGHT:23|
|豊かさの原点が『市場』(いちば)経済にみえる|三上 絢子|RIGHT:37|
|座談会−奄美図書館の機能と役割−|事務局|RIGHT:43|
|文化財から未来をデザインする|中山 清美|RIGHT:54|
|資料集|間 弘志・水間 忠秀|RIGHT:64|
|役員名簿|事務局|RIGHT:77|
|会報報告|事務局|RIGHT:78|
|編集後記|事務局|RIGHT:80|

**第四十号 [#i152839b]
(平成20年12月発行)
|奄美郷土研究会の再生に寄せて|会長 竹島 忠男|RIGHT:1|
|拙著で説く奄美は東南アジア文化圏|倉井 則雄|RIGHT:2|
|シマの昔話|稲 牛憲|RIGHT:7|
|元赤尾木無線送受信所 復帰までの手記|平瀬 恒雄|RIGHT:13|
|ノロの祭祀の今−奄美市名瀬有屋町を例に|西田 テル子|RIGHT:16|
|奄美島嶼の大あむについて−継承・人数・管轄地域について|弓削 政己|RIGHT:46|
|シマジマの泉−二〇〇六奄美群島文学・文化状況|間 弘志|RIGHT:69|
|「奄美郷土研究会会報」総目次(第25号〜第39号)| |RIGHT:78|
|奄美郷土研究会会員数推移| |RIGHT:86|
|平成十七〜二十年度会務報告|事務局|RIGHT:87|
|奄美郷土研究会会則| |RIGHT:89|
|編集後記| |RIGHT:91|

**バックナンバー [#o4ea5fbd]
-[[一号〜九号>奄美郷土研究会/会報/一号〜九号]]
-[[十号〜十九号>奄美郷土研究会/会報/十号〜十九号]]
-[[二十号〜二十九号>奄美郷土研究会/会報/二十号〜二十九号]]
-[[三十号〜三十九号>奄美郷土研究会/会報/三十号〜三十九号]]
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